地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2015年12月号 vol.1(10)

「白い人」の不思議な世界

2015年11月24日 00:01 by spitzibara
2015年11月24日 00:01 by spitzibara
「うっわぁ。こりゃぁ、脳波はぐちゃぐちゃじゃぁ!」

 28年前、娘の海が生後6カ月の時に、ある総合病院の小児科外来で、いきなりぶつけられた言葉です。

 海はアプガールスチャー2点(新生児の状態を表すスコア。10点が問題なく生まれてきた子、0点が死産)で生まれて人工呼吸器を装着。NICUの保育器に入り、生後3日目に胃穿孔の手術を受けました。その関係で主治医は小児外科の先生だったので、退院後も小児外科の外来に通っており、小児科外来の受診は、脳波検査の結果を聞くために訪れた、その時が初めてでした。

 部屋に入ると、横柄な態度の医師は椅子にふんぞり返り、挨拶をしても返事もありませんでした。こちらを丸無視し、無言のまま面倒くさそうに脳波の検査用紙を何度かめくった後、開口一声いきなり飛びだしたのが、冒頭の言葉だったのです。

 さらに何度か用紙をめくって、「この子は、脳なんか、ないようなもんでぇ」  

 目の前の机で書類仕事をしていた若い医師に「おい、ちょっとこれを見てみいや」。娘のカルテのCT画像のスケッチを見せて「どうな、ここも、ここも萎縮しとるで。ひどいもんじゃろーが」などと、しばし論評。私を無視したまま、でも、もちろん私に聞かせるためにやっておられるのです。そして、やっとこちらを向くと、妙な形に自分の身体をくねらせて、 「あんたーの、この子は将来こんなふうに手足が固まったままになってしまうんど」

 口調と目つきが「どうな、恐かろうが? あん?」と、迫ってきます。私は、なぶりものにされている、と感じました。

 その後も科学的な説明など出てくる気配はありません。この医師を信頼してついていくことは到底できないと思ったので、話の切れ目を捕まえて「ありがとうございました」と立ち上がりました。娘を抱いて出て行こうとすると、ドアのところで後ろから追いかけてきたのは、 「まぁの、あんたは詳しいことは知らんほうが、身のためよ」

 私自身はおおむね健康に育ってきたので、それまで大病院という世界をまったく知りませんでした。娘が生まれて日常的に通うことになると、その世界のあまりの不思議さに、もう日々、目の前がくらくらするような思いでした。

 当時の私は31歳。若輩ながら、それなりに一人前の社会人として世の中を渡っているはずなのに、病院に一歩足を踏み入れた瞬間から、外での身の丈が半分くらいに縮んだような気がします。何も悪いことをしているわけではないのに、どこへ行っても上から目線でバカにされ、叱り付けられる。まるで小学生に戻って、学校中の先生から取り囲まれて邪険に小突き回されているみたいな気分。そういう体験を繰り返していると、だんだんと気持ちがイジケて、受付に書類を出す時にも普通に「お願いします」とは言えなくなっていくから不思議です。こそ~っと上目遣いの「オネガイ……しまぁ~…す」。まるで魔法でもかけられたみたいに。

 その不思議な国は「白い人」たちの国でした。

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