第3節-流転する万物の背後に潜む闇-では、薬剤効果の考え方に「曖昧性」という概念を導入した。端的に言えば、薬剤効果を規定する臨床研究の統計データには多様な翻訳可能性が宿るということだ。そして、どの解釈を採用するかは、個人(時には社会)の関心に応じて決定されていくことはおそらく間違えない。あらためてここで実例を紹介しておこう。標準ケアを受けている2型糖尿病患者に対するDPP4阻害薬の心血管アウトカムは、いくつかのランダム化比較試験によれば、プラセボに非劣性(少なくともプラセボに劣らない)である。(表1)
出典 |
介入/比較対照 |
評価項目 |
結果:ハザード比 [95%信頼区間] |
(※1) |
サキサグリプチン /プラセボ |
主要心血管イベント |
1.00 [0.89~1.12] |
(※2) |
アログリプチン /プラセボ |
主要心血管イベント |
0.96 [95%CI上限1.16] |
(※3) |
シタグリプチン /プラセボ |
主要心血管イベント |
0.98 [0.88~1.09] |
例えばデジタルカメラを購入しようとしている人がいるとしよう。カメラ店の店員から、このカメラは、最新モデルで値段が高いのですが、旧モデルと性能は劣りません(非劣性)と説明されたら、値段の安いほう(多くは旧モデル)を購入することに違和感ないだろう。このようなロジックであらためてDPP4阻害薬の臨床試験の結果を見てみれば、DPP4阻害薬がプラセボに比べて非劣性という結果において、「ではまずは標準ケアのみで様子をみよう」という判断には大きな違和感は無いはずなのだが、現実にはそういった解釈はあまりなされていないように思える。DPP4阻害薬の処方頻度は本邦でも決して稀では無く、2011年時点で、経口糖尿病薬併用療法の3割にDPP4阻害薬が使用されている現実がある。(J Diabetes Investig. 2014 Sep;5(5):581-7.)
標準ケアにDPP4阻害薬を上乗せしても、心血管イベント抑制の観点から、プラセボと同等でしかなく、しかも高価な薬剤が、これほどまでに使用されている現状は、いったいどういうことなのか。近年報告されるランダム化比較試験においても、従来薬に比べて新薬の非劣性が示されたという研究報告は多いが、「ではまず従来薬で様子を見ましょう」とならないのは、単に新薬を使いたいという関心が強いからではないか。そこに従来薬でもいいじゃないか、という関心への抵抗の強さはあまり見られないように思われる。
これらが示唆する現実は論文結果は関心相関的に解釈されているということを明確に実証しているとは言えないだろうか。本稿では米国糖尿病協会により公開されたステートメント「Standards of Medical Care in Diabetes」を取り上げ、論文解釈の多様性について論じる。
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