『知識は情報によって生み出された信念である…(中略)…知識は、信念という形で切り取られた情報の流れの一断面なのである』戸田山和久 哲学入門 p186

 知識という名の"信念”を得るために、僕たちは、様々な情報に(積極的にであれ、消極的にであれ)関わっているわけですけど、その際、インターネットは必要不可欠と言えるでしょう。総務省の「平成27年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によれば、主なメディアの平均利用時間に占めるインターネットの割合は高く、特に10代、20代においては、平日のインターネットの使用がテレビ視聴を上回っています。

 情報が諸資源と同等の価値を有し、それらを中心として機能する社会、つまり情報化社会を生きている僕たちは、Googleや、Yahooなどの検索エンジンを使って、様々な情報を収集し、その影響を受けながら日常生活を営んでいます。インターネットは"使うと便利なもの”、から"日常生活において使わざるを得ないもの”へと変化してきているように思います。

 情報収集にあたり、インターネット上には様々なWEBサイトがありますけど、特に健康・医療情報におけるコンテンツの科学的妥当性については、いくつか議論があります。
 昨年末には、DeNAが運営する医療系情報サイト「WELQ(ウェルク)」が問題になりましたが、一般的な日本語検索ワードで、検索で上位に表示されるようなWEBサイトは、アクセス数を増やすことを目的に作られたサイトも多く、コンテンツの正確性や妥当性よりも、リーダビリティの追求、つまり読まれやすさを重視して作成されている印象があります。(もちろん全てとは言いませんけれど)医学、薬学に関する情報を収集するにあたり、Googleなどの検索エンジンでは、検索ワードを工夫しない限り、なかなか質の高い情報にたどりつけない、というのが僕の感覚です。

 なお、WELQ問題とその考察については拙ブログ「思想的、疫学的、医療について」の「WELQ問題から学ぶ医療情報の「正しさ」とは何か~トンデモ医療と妥当な医療の境界~」も参照いただければ幸いです。

 さて、インターネット検索に関して、2009年に興味深い報告がありました。英国において、GoogleやYahooなどの検索エンジンを用いて健康情報を検索すると、その7~8割で、検索のトップ10位以内にウィキペディアが表示されると言うものです。[1]

 ”ウィキペディア”とは、ウィキペディアによると、以下のように書かれています。

『ウィキペディア(英: Wikipedia)は、ウィキメディア財団が運営しているインターネット百科事典である。コピーレフトなライセンスのもと、サイトにアクセス可能な誰もが無料で自由に編集に参加できる。世界の各言語で展開されている』

 インターネットのユーザーが閲覧し、そして自ら執筆・編集できる百科事典、これは消費者生成型の知的リソースと言えるかも知れません。(消費者生成型については「小説と権威と、学びの"かたち” ~権威介在型モデルから消費者生成型モデルへ~」を参照)ウィキペディアは日本語版だけでなく英語版をはじめ、世界各国の言語で展開されています。なお、”日本語版ウィキペディア”については、やはりウィキペディアによると以下のように記載されています。

『2013年10月現在、純記事数では、13番目の規模のウィキペディアであり(主要語にラテン文字が用いられないウィキペディアとしては、ロシア語版に次いで2番目)、最大の英語版の約5分の1の規模である』

 我が国においても、日常的に参照する情報原として、社会あるいは個人に与える影響はかなり大きいと言えるでしょう。

 この誰でも自由に、しかも無料で使える百科事典ですが、誰でも編集できるがゆえに、例えば専門的な内容にも関わらず、非専門家でも執筆が可能です。内容の妥当性という観点で言えば、学術的バックグランドが適切に維持されているかどうか、やや怪しいと言わざるを得ないかもしれません。ウィキペディアの情報が盲信できるかといえば、そこには懐疑の余地も多分に残されているわけです。本稿では、医学薬学分野におけるウィキペディア情報の妥当性について、考えていきます。

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