地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2017年06月号 vol.3(6)

薬剤効果の不平等性~曖昧性の背後に存在する、ある種の冷酷さについて~

2017年05月21日 12:01 by syuichiao

 ”心臓病の発症が約30%減る”というのと、”119人に対して約5年間治療を行うと、そのうち一人だけ心臓病から救うことができる”というのはプラバスタチンという薬剤に関する、同じ薬剤効果の記述である。[1]前者は相対危険、後者は治療必要数(NNT:Number needed to treat)と呼ばれる統計学的指標により薬剤効果が記述されている。

 相対危険とは、プラバスタチンが投与された集団と、プラバスタチンが投与されていない集団における心臓病の発症率の比である。一方NNTとはこの場合、「心臓病の発症を減らすためにはいったい、どれくらいの人数を治療しなくてはいけないのか?」という指標であり、単位は追跡年あたりの人数となる。

 しかし、この2つの指標から受ける薬剤効果印象はだいぶ異なるのではないだろうか?相対危険で示された結果を見れば、心臓病の発症が30%「も」減る。NNTで示された結果を見れば、119人に薬を飲んでもらっても、そのうち1人「しか」心臓病発症から救うことができない。裏を返せば118人は無駄に薬を飲んだともいえる。

 僕は、こうした薬剤効果の記述にまつわる排他的関係を根拠に「薬剤効果の曖昧性」[2]という概念を導出した。つまり薬が効くと言う実態は、存在するかもしれないし、存在しないかもしれないということ。僕たちの視点が変われば薬剤効果を大きく見せるような仕方で記述できるし、あるいは逆にごくわずかな効果でしかないようにも記述もできる。薬剤効果というものは、この世界のどこかに明確なあり様(例えばグラウンドに転がるサッカーボールのように)で存在しているわけではなく、僕たちの認識によって、その印象が変化しうる捉えどころのないものである。これを僕は「曖昧なもの」という表現で言語化した。

 とはいえ、一般的にはNNTで示されるような薬剤効果は奇妙な現象であり、違和感を覚える人も少なくないだろう。118人が無駄に薬を飲んでいるというのは実際には想像しがたい現象だ。結局のところ僕が提示した「薬剤効果の曖昧性」という概念は、多くに人にとって受入れがたいものかもしれない。僕はこの受け入れがたさを、この論考で言語化したいと考えている。別言すれば、曖昧性の原理を背後で支えているものの正体を暴こうとしている

 この作業にどんな社会的、臨床的意味が付与されるのかは、読み手にゆだねられることになる。僕はこの論考で、なんら結論を提示しないからだ。薬剤効果を多面的に考察するうえで、「薬剤効果の曖昧性」は臨床判断の多様性に繋がり、それは医療を受ける人にとって、より豊かな生き方の選択を提示できる可能性がある。つまりエビデンスは生き方の多様性をもたらす。しかし、それと同時に本稿で明らかになるのはその背後でうごめく不平等な世界、エビデンスがもたらすある種の冷酷さでもある。

[参考文献]
[1]Lancet. 2006 Sep 30;368(9542):1155-63.PMID:17011942
[2]本稿では薬剤効果の曖昧性について、その詳細は触れないが、興味のある読者は「開かれた医療とその敵:第3節-流転する万物の背後に潜む闇-」「開かれた医療とその敵:第4節-"投与を考慮すべき”という薬剤の効果に関する考察」を参照いただければ幸いである。


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