地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2017年09月号 vol.3(9)

プロトンポンプ阻害薬で認知症発症リスクが増加するは本当か?

2017年08月23日 10:35 by syuichiao
2017年08月23日 10:35 by syuichiao

 プロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor以下PPI)とは、胃酸分泌を強力に抑制する薬剤で、消化性潰瘍や逆流性食道炎などの治療に用いられる。世界的にも処方頻度は高く、またその不適切使用も決して少なくない。欧州ではPPI処方の40-60%が不適切処方で、適切な消化器疾患の診断なしに処方されていると言われている。1)2)3)4)

 その強力な胃酸分泌抑制効果は、患者する十分な薬剤効果が期待できるものの、感染症や骨折リスクなど、様々な有害事象を報告もあり5) 、PPIに対する医療者の印象はあまり良くないかもしれない。そんな中、あるウェブサイトに以下のような見出しで、PPIの有害事象に関する記事が掲載されていた。 

『PPI服用が認知症を招く!リスクが非服用者の1.4倍に』
https://info.ninchisho.net/archives/7746

 この記事によれば高齢者7万人超を対象としたドイツの研究において、PPIを服用していない人に比べて、服用している人では認知症の発症リスクが1.4倍増加すると記載されている。このウェブサイトは一般読者を対象としたメディアであり、専門知識を持たない非医療従事者でも理解できるよう平易な文章で記載されている。

 さて、非医療従事者からしてみたらこのような情報はどう受け止められるであろうか。病院から処方されている自分の薬にPPIがあったとしたら、このまま飲み続けるべきかどうか、不安になるかもしれない。PPIで認知症の発症リスクが高まるという情報に対して、批判的に捉えていく方が難しいだろう。ともすると医療従事者でさえ、こういった情報をろくに吟味もせず、鵜呑みにしてしまう事もあり得る。 この記事に掲載されていた一次情報は以下の論文である。

Gomm W.et.al. Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia: A Pharmacoepidemiological Claims Data Analysis. JAMA Neurol. 2016 Apr;73(4):410-6. PMID: 26882076

 この研究はドイツの保険データベースを用いたコホート研究で、75歳以上の73,679人を対象としたものだ。その結果、PPIを服用していた人(2950人、平均 83.8歳)では、PPIを服用していなかった人に比べて(70,729人、平均83.0歳)に比べて、約1.4倍認知症の発症リスクが高いことが示されている。(ハザード比1.44 [95%信頼区間 1.36-1.52]) 確かに1.4倍のリスク増加である。とはいえ、この研究結果は必ずしも因果関係、すなわちPPIを服用すると、この薬剤が原因となって認知機能が低下し、認知症を発症する、ということを示しているわけではない。

[参考文献]
1)Am J Emerg Med. 2014 Jun;32(6):618-22. PMID: 24721025
2)Drug Saf. 2010 Oct;19(10):1019-24. PMID: 20623646
3)BMJ. 2008 Jan 5;336(7634):2-3. PMID: 18174564
4)Eur J Intern Med. 2011 Apr;22(2):205-10. PMID: 21402255
5)思想的、疫学的、医療について. 2017-07-09.http://syuichiao.hatenadiary.com/entry/2017/07/09/220952

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