地域医療ジャーナル

2017年11月号 vol.3(11)

「母乳」をめぐる個人的な体験 2:振り絞った勇気

2017年10月25日 09:46 by spitzibara

「『母乳』をめぐる個人的体験 1」で紹介した体験よりも、時系列でいえば前のことになります。娘が生まれた直後。まだ私自身も入院中の出来事でした。1と2では話が前後しますが、こちらのほうが濃密な体験なので、この順で語ることにしました。

 娘がいるNICUは産婦人科病棟の入り口にあり、親の面会があると廊下側の大きな窓のブラインドが上がって中が見える仕組みになっていました。私たち夫婦も、海がNICUに入った数日後からブラインドを上げて保育器の中の我が子と「面会」させてもらっていましたが、出産後の私はまだ産婦人科病棟に入院中なものですから、つい1日に何度もNICUに足が向いたものでした。とはいえ、夫婦そろってもいないのに、そう何度も「面会」を求めるのは申し訳なくて、昼間は受付の小さな小窓から中を覗いてみたり、なんとなく立ち去りがたく、その辺りをホバリングしていたりするのが入院中の私の日課となりました。

 もう一つ、入院中に私に課された日課がありました。搾乳です。最初は出ないかもしれないけれど、毎日決まった時間ごとに授乳室にいって搾乳しなさい、と出産の翌日だったかその次の日だったかに師長さんから指示されました。

 それで、さっそくに指示された時間に授乳室に行ってみると、いま思えば私が「だいたい5分から10分前行動の人」だからだったのですが、授乳室は無人でした。

 隣の新生児室にいた看護師さんに声をかけると、まだ時間には少し早かったからか、ちょっと迷惑そうな顔をしながらも出てきて、部屋の真ん中にある応接セットのソファーで搾乳の仕方を教えてくださいました。 当然、すぐにうまく搾れるはずもないのですが、練習しているうちに出るようになるから頑張れと言いおいて看護師さんが去った後で、出もしない搾乳の努力をしていると、いきなり廊下に賑やかなさんざめきが生じたと思うや、ドアを開けて、ネグリジェ姿の若い女性たちがわらわらと入ってきました。

 考えてみれば、指定されたのは「授乳の時間」なのであり、ここは「授乳室」なのだから当たり前のことなのです。ただ、私が入院していた6人部屋の他の5人はみんな婦人科の患者さんたちだったし(それは病院側の配慮だったのだろうと思います)、すぐそこのNICUで死にかけている我が子のことで頭がいっぱいだったので、この病院でここ数日の間にそれほど多くの子どもが産まれていることも、子どもというのは普通はそんなふうに正常に生まれてくるものなのだということも、頭の片隅にちらりと浮かんだこともなかったのでした。

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