地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2018年06月号 vol.4(6)

糖尿病スクリーニングの費用対効果

2018年05月25日 17:15 by syuichiao

糖尿病の早期発見や、糖尿病治療の指標となる血液検査項目にHbA1c値がありますが、このHbA1c値を気軽に測定できる 『ゆびさきセルフ測定室』 という取り組みがあります[1]。 『ゆびさきセルフ測定室』 とは、指先から採ったわずかな血液を分析することで、自分の健康状態をチェックできるスペース(血液検体測定室)のことで、保険薬局を中心に、日本全国で1500か所を超えたそうです[2]。

 

こうした取り組みが行われるようなった背景は、臨床検査技師法の一部が改正された2014年4月まで遡ります。法改正により、保険薬局などで、被験者の自己採血による血液検査が可能となったのです。以来、HbA1cを測定することによる糖尿病のスクリーニング(糖尿病検診)は、糖尿病やその予備軍を早期に発見し、また早期治療を促すことによって健康寿命延伸効果が期待できると考えられてきました[3]。 これに対して、僕は糖尿病のスクリーニングを安易に考えすぎではないかと指摘したことがあります[4]。主な論拠は以下の通りです。

・糖尿病の発症リスクが高い人を対象に、糖尿病のスクリーニングを積極的に行っても、死亡、心血管疾患、糖尿病関連死亡の低下は示されていない[5][6]。

・糖尿病のスクリーニングは患者に不安を与えうる[7]。

・そもそも検体検査室を自ら訪れるような人たちは健康への関心が高く、こうした人への介入にはそれほど臨床的なインパクトはないのではないか。

確かに糖尿病の前段階、つまり糖尿病前症(糖尿病予備軍)を早期に発見することで、その後の糖尿病の発症を遅らすことができるという指摘には一定の説得力があります。実際、糖尿病予備軍を対象に、食事や運動などのライフスタイル介入を行うことで、糖尿病の発症を遅らすことがランダム化比較試験[8]により示されています。

 

しかし、ライフスタイル介入を行うにしても、HbA1cによるスクリーニングで、しっかりと糖尿病予備軍を見つけることができなければ意味がありませんよね。HbA1cを測定することで、どの程度、糖尿病予備軍を同定できるのでしょうか。スクリーニングの精度について知っておくことは、健診の効果を考えるうえで非常に重要です。

 

 

[HbA1cによるスクリーニングはザル?]

糖尿病前症のスクリーニングに関する研究49研究のメタ分析(統合解析)[9]によれば、糖尿病前症の検出のためのHbA1c値は、感度は0.49[95%信頼区間0.40〜0.58]特異度は0.79 [0.73〜0.84]と報告されています。

 

感度とは、疾患を有する人のうち、検査陽性者の割合のことで特異度とは、疾患を有さない人のうち、検査陰性者の割合を示しています。感度が0.49ということは、本当は糖尿病前症であるのにスクリーニングに引っかからない人(偽陰性患者)が51%も存在することになります。また、特異度が、0.79ということは、本当は糖尿病前症ではないのにスクリーニングに引っかかってしまう人が21%(偽陽性患者)存在することになります。

 

確かにスクリーニングでうまく糖尿病前症が見つかったのなら、そこで生活習慣の改善指導を行うことで糖尿病の発症を遅らせることはできるかもしれません。しかし、HbA1c測定によるスクリーニングの精度は僕らが想像している以上に低いものなのです。糖尿病前症であるにも関わらず、糖尿病前症と判定されない人が多々存在し、また、糖尿病前症ではないにもかかわらず、糖尿病前症と判定されてしまう人も少なくありません。誤って糖尿病前症と判定されてしまった人では、健康に対する不安や、追加の検査に関わるコストだけが増えて何の得にもならないことになります。

 

現時点において、心血管死および総死亡を減少させることが出来るか否かは不明である点も考慮すれば、地域住民に対する糖尿病のスクリーニングの有益性は、あったとしても極めて小さいのではないか、僕はそう考えたのです。

 

[糖尿病のスクリーニング、その費用対効果は如何に?] 

そんな中、日本における検体測定室の取り組みの費用対効果に関する論文がDiabetes Care電子版に2018年4月23日付で掲載されました[10]。費用対効果分析に関する専門的な用語や概念は後ほど解説を加えますので、まずは、研究概要をつかむために、さらっと読み流していただければ幸いです。

 

この研究では以下の2つのシナリオにおける費用対効果が比較されています。

  • 特定健診等の健康診査や、他疾患治療中に受ける診療所等での随時検査を通してのみ HbA1c チェックが可能であった状態
  • 従来の方法に加えて検体測定室での HbA1c チェックが可能である状態

解析方法は、ディシジョン・ツリー(治療において、取りうる全ての選択肢や起こりうるシナリオを樹形図の形で示し、それぞれの選択肢の期待値を比較検討する手法) と、マルコフモデル (慢性疾患の予後をいくつかのステージに分類し、仮想的な患者集団が長期的に各ステージに分散していく様子をシミュレーションする手法) という2つのモデルを併用しています。

 

この研究では、地域薬局内における検体検査室でHbA1cを測定・指導を行った40-74歳の参加者を想定し、増分費用対効果比、つまり、QALYあたりのコストが計算されました。解析の結果、一人当たり、+0.0203QALYの延伸効果が、52,722円少ない費用でもたらされることが示されています。さて、これは一体どういうことを意味しているのでしょうか。

[参考文献]
[1]ゆびさきセルフ測定室ナビ http://navi.yubisaki.org/
[2]糖尿病ネットワーク. HbA1cを測定できる「ゆびさきセルフ測定室」 全国に1,500ヵ所以上. 2017年06月12日 http://www.dm-net.co.jp/calendar/2017/026969.php
[3]足立区ホームページ http://www.city.adachi.tokyo.jp/kokoro/fukushi-kenko/kenko/diabetes-drugstore.html
[4]青島周一. 対論:糖尿病検診の実効性、そして病名と時間.地域医療ジャーナル 2015年06月号 vol.1(4)  https://cmj.publishers.fm/article/8210/
[5]Simmons RK, et al : Screening for type 2 diabetes and population mortality over 10 years (ADDITION-Cambridge): a cluster-randomised controlled trial. Lancet. 2012 Nov 17;380(9855):1741-8. PMID: 23040422
[6]Selph S, et al : Screening for type 2 diabetes mellitus: a systematic review for the U.S. Preventive Services Task Force. Ann Intern Med. 2015 Jun 2;162(11):765-76. PMID: 25867111
[7]Park P, et al : Screening for type 2 diabetes is feasible, acceptable, but associated with increased short-term anxiety: a randomised controlled trial in British general practice. BMC Public Health. 2008 Oct 7;8:350. PMID: 18840266
[8]Li G, et al : Cardiovascular mortality, all-cause mortality, and diabetes incidence after lifestyle intervention for people with impaired glucose tolerance in the Da Qing Diabetes Prevention Study: a 23-year follow-up study. Lancet Diabetes Endocrinol. 2014 Jun;2(6):474-80. PMID: 24731674
[9]Barry E, et al : Efficacy and effectiveness of screen and treat policies in prevention of type 2 diabetes: systematic review and meta-analysis of screening tests and interventions. BMJ. 2017 Jan 4;356:i6538. PMID: 28052845
[10]Shono A, et al : Cost-effectiveness of a New Opportunistic Screening Strategy for Walk-in Fingertip HbA1c Testing at Community Pharmacies in Japan. Diabetes Care. 2018 Apr 23. [Epub ahead of print] PMID: 29686159

 

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