地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2018年10月号 vol.4(10)

高齢者薬物療法における倫理的な問題

2018年09月25日 19:40 by syuichiao

 高齢者における多剤併用、いわゆるポリファーマシーをめぐる問題が注目される中で、潜在的に有害事象リスクの高い薬剤、あるいは医学的に無益な薬剤を、いつ、どのように減らしていくかという議論が活発になされているように思います。もちろん、こうした問題に関心が集まっているのは日本だけではありません。世界的に見ても、薬剤処方数は年々増加しており[1][2][3]PubMedに収載されている「Polypharmacy」に関する論文報告数の推移も2010年以降、急上昇しています(図1)。

(図1)PubMedに収載されている「Polypharmacy」論文の年間報告数

 

 処方薬剤数が増えてしまう理由として、医療アクセスの向上、高齢化、新薬の開発とその普及、診療ガイドラインの整備、あるいは新規保険病名の追加など、様々な要因が考えられます。しかし、複数の薬剤が同時に処方されたとしても、患者が、指示された用法通りに全て服用できているかといえば、必ずしもそうではありません。服薬アドヒアランスは、薬剤の用法が複雑になるほど低下することが示されています[4]。また、そもそも一般的な心血管疾に対する予防的薬剤の服薬アドヒアランスは、一次予防において50~60%とそれほど高くはないのです[5]。認知機能が低下している人では、さらに低く、その服薬アドヒアランスは10.7%~38%と報告されています[6]

[社会問題化する“残薬”]

 薬が定期的に処方されているにも関わらず、飲めていない(あるいは飲めない)、という状況においては、当然ながら 『残薬』 が発生することになります。在宅における潜在的な飲み忘れ等による年間薬剤費は年間475 億円に上るといわれています[7]。残薬の発生理由として、症状の改善による自己判断の中止や外出時における持参忘れなどが多いと考えられますが、処方された薬剤の “種類や量が多く、飲む時間が複雑で忘れた” という理由も少なくありません[8]

 患者の医学的な予後という観点だけでなく、残薬や医療コストの問題も、ポリファーマシーに対する関心を高めた大きな要因でしょう。そのような中で、潜在的な不適切処方を積極的に中止して、有害事象リスクを未然に減らそうという動きが出てくるのは当然の帰結かと思います。これまでに、潜在的不適切処方をスクリーニングするためのクライテリアは世界各国で開発されており[9][10]、日本においても2015年に『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が改訂されました[11]

 こうしたクライテリアやガイドラインを用いた減薬介入で、不適切処方が減ることが示されています[12]。しかしながら、臨床的な予後改善効果はあまり明確ではありません[13]。これはクライテリアのみに依存しない薬剤レビュー介入でも同様で、薬剤のリスク/ベネフィットのみに注目しても、患者の予後改善効果は小さいか、もしくはほとんど期待できないことが複数の研究によって示されています[14][15][16]。つまり不適切薬剤に対する減薬介入と予後改善の因果関係は明確ではないのです。

 しかし、冒頭にも述べたように、現実にはポリファーマシー状態を「悪」として、薬を減らそうという流れは、より一層強まっています。確かに、残薬という実態が、たびたびメディアで報道される中で、医療コスト削減の観点からも減薬は重要であるという主張には大きな説得力があります。とはいえ、薬剤効果に期待を抱き、少しでも長く健康を維持できるという希望を持って薬を飲んでいる人も少なからず存在します。こうした人に対しても、医療費抑止の観点から医学的にベネフィットの小さい治療を一律に止めるべきとすべきなのでしょうか。ここで、高齢者薬物療法をめぐる倫理的な問題が立ち上がります。すなわち、“希望を捨てずに治療しよう” と “もう先は短いので治療は不要” との境界をどう線引きするか、という問題です。

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