地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2020年02月号 vol.6(2)

論文の記載に印象操作!? 臨床医学論文のスピンに惑わされない4つのポイント

2020年01月30日 13:41 by syuichiao
2020年01月30日 13:41 by syuichiao

 質の高い医療情報の一つに論文情報があります。臨床医学に関する論文は総じてエビデンスなどと呼ばれますが、その中でも情報の妥当性に優れているのがランダム化比較試験の結果をまとめた論文です。

 ランダム化比較試験において、薬の有効性や安全性を評価するために用いられる指標を評価項目(アウトカム)と呼びます。たとえば、高血圧治療薬であれば、血圧の値のみならず、脳卒中の発症率や死亡率、あるいは副作用の発生率なども評価項目として用いられます。ランダム化比較試験では、一般的に複数の評価項目を設定しますが、研究開始前に設定される仮説検証のための評価項目を一次アウトカムと呼びます。先ほど、ランダム化比較試験論は妥当性の高い医療情報と述べましたが、実はこの一次アウトカムの結果のみが最も妥当性の高い情報であり、それ以外の評価項目については、偶然的に示された可能性を否定することが難しく、妥当性の高い情報とは言えません。

 ランダム化比較試験論文は当然ながら言葉(文字や数値情報)で記述されます。世界中の医療関係者がアクセスできるよう、一般的には英語で記載されますが、どのような言語においても、記述される言葉が人の解釈に依存している限り、研究結果を事実通りに表現することは困難といえます。

 たとえば、薬の有効性を検討したランダム化比較試験において、一次アウトカムに明確な差がつかず、効果不明という結果だったとしましょう。ランダム化比較試験の実施には莫大なコストと時間がかけられており、研究者や研究実施にかかわる人たちにとっては、やはり有効性が示されることを期待するわけです。多くの時間とコストをかけて実施したランダム化比較試験、その結果が”効果不明”では、研究にかかわった人たちも、納得しがたいという思いを抱くことでしょう。

 ランダム化比較試験において、一次アウトカム以外の評価項目を二次アウトカムと呼びます。二次アウトカムの結果は先ほども述べたとおり、あくまで仮説生成的な情報に過ぎず、その妥当性は高くありません。またランダム化比較試験では、被験者全体の解析だけでなく、糖尿病を有する人、あるいは高齢者など、特徴的な集団のみを対象としたサブグループ解析も行われます。全体では差が認められなかったけれども、特定の集団ではどうなのだろうかを評価するために行われる探索的な解析です。もちろん、サブグループ解析も仮説生成的な情報であり、検証された仮説ではありません。このように、ランダム化比較試験論文には、一次アウトカムに関する情報のみならず、二次アウトカムやサブグループ解析の情報も研究結果として記載されることになります。

 ランダム化比較試験を実施した結果、一次アウトカムに差が出なかったという状況に話を戻しましょう。この場合、論文の結果や結論に「明確な差が出なかった」あるいは「効果は不明」とはっきり記載されていれば良いわけですけれども、論文著者である研究者の心境はどうでしょうか。

 「一次アウトカムに差がなかったけれども……」というように、研究者としては「けれども……」のその先をどうしてもポジティブに表現したい、そうした思いが少なからずあるはずです。このことは僕自身がいくつかの臨床研究を行ってきて経験的に感じていることでもあります。やはり、効果不明というようなネガティブな研究結果よりも、高い有効性が示されたというようなポジティブな研究結果のほうが論文のインパクトは高いのです。

 一次アウトカムに差が出なかったけれども、二次アウトカムやサブグループ解析の結果には差がついたという状況で、あなたが研究者なら、どのように論文を書きますか? 論文の結果や結論の記載において、どの解析結果を強調するかは、論文著者にゆだねられているというわけです。

 研究結果を適切に論文に反映せず、研究データから得られた情報を、論文著者の都合の良いように解釈して記載することをスピン(Spin)と呼びます。質の高い情報であるからと論文の記載内容を鵜呑みにしてしまっては、記載にスピンがあった場合、効果に差が出ていない研究であるにも関わらず、あたかも効果があるかのように肯定的に解釈してしまう恐れがあります。今回は論文情報におけるスピンの実態についてまとめていきたいと思います。

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