地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2020年03月号 vol.6(3)

医療・健康情報との付き合い方ー情報に振り回されないために知っておきたいこと

2020年02月28日 20:03 by syuichiao
2020年02月28日 20:03 by syuichiao

 ふだん、あまりテレビを見る習慣のない僕ですが、たまたま電源がつけっぱなしになっていたテレビから『納豆1日1パックで死亡リスクが10%低下する』というフレーズが耳に入ってきました【1】。国立がん研究センターの研究チームが、「納豆を日常的によく食べる人は、死亡するリスクが低いとする研究結果をまとめた」とのことです。

  冷静に考えてみれば、納豆を積極的に食べるような人は、ワルファリンを飲んでいない人(つまり心臓病の病歴がない人)、あるいは健康的な食事に関心が高く、生活習慣にも配慮している可能性の高い集団といえそうです。このような集団では、潜在的に健康リスクが低いと考えることができますよね。納豆の摂取が直接的に死亡リスクを低下させている(因果関係)のか、それとも納豆を積極的に摂取する人で死亡リスクが低い(相関関係)のか、テレビ番組の情報だけでは判断が付きません。それでも、なんとなく情報を鵜呑みにしてしまいがちになるのは「納豆」という言葉から受ける健康に対するイメージの良さかもしれません。

  納豆の原料は大豆です。大豆は植物性食品の中でもタンパク質が豊富で畑の肉などと呼ばれたりしますよね。また食物繊維、ミネラル、イソフラボンなどの栄養成分を豊富に含んでおり、積極的に摂取することで健康の維持・増進に効果が期待できそうな印象を受けます。さらに納豆に含まれるナットウキナーゼには血圧降下作用【2】【3】、抗凝固作用【4】、血清脂質低下作用【5】が知られています。

  さて、テレビ番組で紹介されていた納豆と死亡リスクの関連を検討した研究は、実は大豆食品の摂取と健康リスクの関連を検討したコホート研究の結果の一部を紹介したもので、2020年1月に英国医師会誌(BMJ)に掲載された以下の論文がもとになっています。

Katagiri R, et al : Association of soy and fermented soy product intake with total and cause specific mortality: prospective cohort study. BMJ. 2020 Jan 29;368:m34. PMID: 31996350

 この研究では45~74歳の日本人92915人(うち、男性42750人)が対象となり、大豆食品の摂取量に応じて5つのグループに分けられました。大豆食品の摂取量が最も低い集団を基準として、各摂取量のグループごとに死亡のリスクが見積もられています。なお研究結果に影響しうる年齢、居住地域、喫煙・飲酒状況、体格指数(BMI)、運動量、糖尿病の既往、もしくは糖尿病薬の服用、高血圧治療薬の服用、健康診断の受診有無、閉経後の状態、女性ホルモン剤の投与歴、総エネルギー摂取量、緑茶、コーヒー、魚、肉、果物、野菜の摂取量について、統計的に補正をして解析しています。つまり、大豆食品を積極的に食べている集団とそうでない集団で、研究結果に影響を与えそうな背景因子を統計的に調整することで、大豆と死亡リスクの直接的な関連性を検討しようとしているわけです。

 とはいえ、この研究では糖尿病と高血圧以外の病歴は考慮されておらず、統計的な背景補正は十分とは言えないでしょう。また食品の摂取頻度は自己報告に基づくため、実態とかけ離れている可能性もあります。このあたりが本研究の手法上の限界といえそうで、示された結果が純粋な因果関係にあるかどうかについては議論の余地があります。

 研究結果を見てみましょう。平均で14.8年にわたる追跡調査の結果、最も大豆食品の摂取量が多い集団でも、男女ともに死亡リスクの低下を認めていません。先ほどのテレビの報道内容とはずいぶんと印象が異なります。実はこの研究、大豆食品全体の摂取量のほか、発酵大豆食品(納豆および味噌)、非発酵大豆食品、納豆、味噌、豆腐と合計で6種類の食材カテゴリーごとに解析を行っています【表1】。

【表1】摂取量が最も少ない集団と比較した、最も多い集団の死亡リスク(ハザード比[95%信頼区間])

  男女ともに死亡リスクが10%低下しているのは、発酵大豆食品における解析であり、納豆単独で見れば、男性では統計学的に有意な差を認めず、女性では6%のリスク低下という結果です。「納豆で死亡リスクが10%低下する」ことをこの論文データから読み取るのは極めて苦しい印象です。そもそも因果関係を決定づけるような研究データではありません。テレビ番組にとって都合の良い情報だけを切り出した印象はぬぐえないでしょう。関心の向いた先だけを都合よく解釈している点においては、前回紹介した学術論文の「スピン」と全く同じことのように思えます。

 論文の記載に印象操作!? 臨床医学論文のスピンに惑わされない4つのポイント. 地域医療ジャーナル.2020年2月号 vol.6(2)

 学術論文だろうが、マスメディアの健康番組だろうか、情報は「表現」であり発信者、コンテンツ作成者の関心に基づく取捨選択によって「デフォルメ」や「そぎ落とし」が行われます。このような情報の加工プロセスを経ることで、一般的には「分かりやすさ」が向上するわけですけども、表現された情報が、事実内容を正確に反映しているかどうかについては、絵画における写実主義と印象主義を対比してみると分かりやすいかもしれませんね。今回は情報と関心について考えてみます。

【参考文献】
【1】納豆“1日一パック”死亡リスク約10%↓|日テレNEWS24 
【2】Hypertens Res. 2008 Aug;31(8):1583-8. PMID: 18971533
【3】Integr Blood Press Control. 2016 Oct 13;9:95-104. PMID: 27785095
【4】Sci Rep. 2015 Jun 25;5:11601. PMID: 26109079
【5】Zhonghua Yi Xue Za Zhi. 2017 Jul 11;97(26):2038-2042. PMID: 28763875

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