こんにちは。Independent Librarian(インディペンデント ライブラリアン) の chebsat33 です。
この連載では、主に “情報環境のあまり整っていない医療職がEBMを実践する際のヒントとなるようなリソースと活用のコツ” を紹介します。名付けて『ライブラリアンによるないないづくしのEBM』、略して『LiNE』としてみました。細く縒られた切れやすい糸のように拙い私の文章が、読んでくださる方たちのもとでそれぞれに綴られていき、いつか一枚の布のように何かの時にお役に立つものになったとしたらうれしいです。どうぞ、お付き合いくださいね。
さて。
今回は、第1回のタイトル『司書は役に立つのか?』に「それでも」をつけました。
またまた番外編ともいえる、司書と図書館の話題です。
〈今回紹介したリソースは2020年5月14日までにアクセス確認をしています〉
感染症と図書館の間にあるもの
不安に向き合う公共図書館
新しい感染症は、私たちの生活に新しい不安を生み出しました。ウイルスの感染によって命を落とすかもしれないという不安だけではなく、これまでの営みを阻まれ明日の生活すら成り立たなくなるという不安、大切にしてきたものと離れ離れになる不安、「してはいけないこと」「しなければならないこと」を守らないと叩かれて当たり前という圧力への不安、多方向からやってくる情報に煽られる不安…。さまざまな不安が、私たちの生活に、一気に、分け隔てなく、押し寄せてきました。
新しい感染症と感染症が生み出した不安は、図書館にも覆い被さりました。
これまでも災害などで閉鎖や復旧などへの対応を少なからず経験してきた図書館ですが、それは毎回、特定の地域の図書館だけに起こる出来事でした。図書館には互助会のようなサービスが既に存在しているので、特定の地域だけが被害を受けているのであれば(被害を受けた図書館も地域も大変な状況に変わりはないのですが)、開館している図書館がフォローを行うことが可能です。互助会のようなサービスとは、たとえば「相互協力(自館にない資料を他機関から取り寄せる)」「レフェラル(関連機関に調査を依頼)」のようなものです。ですが、今回のように、全国すべての図書館が一斉に感染症への対策という課題に直面するという事態は、おそらく図書館法(法律第108号, 1950年4月30日施行)が施行された頃から遡って考えてみても、はじめてのことです。次項でとりあげる『saveMLAK』の調査によると、2020年5月5日・6日に休館していた公共図書館は、調査対象の92%にのぼりました。例年であればゴールデンウィークの真っただ中、図書館記念日やこどもの読書週間にも重なることから、ほとんどの公共図書館が開館し、利用者でにぎわっていた時期に、です。
まず、感染者が確認された地域に設置されている図書館が、臨時休館やサービス縮小にふみきりました。感染拡大が落ち着いたからと再開した矢先に新しい感染者が確認され、再び休館した図書館もあります。そこへ緊急事態宣言が発令され(2020年4月7日、官報特別号外第44号に公示)、一定規模の図書館に休館要請が出ました。宣言が延長された際には、図書館などに対し「感染対策を講じた上での再開」が求められました(2020年5月4日、官報特別号外第58号公示)。そして、5月半ばには39の県が解除となり(2020年5月14日、官報特別号外第63号公示)、多くの図書館が再開もしくは再開に向けて準備をしています。この記事が公開される6月頃には、おそらくほとんどの図書館が再開しているのではないかと思います。
図書館、特に公共図書館というのは、どのような人に対しても等しくサービスを行う立場にあります。入場は無料、誰でも気軽に入ることができ、蔵書の多くはすぐに手に取れる場所にあります。動画などを観るための端末や読書を補助するための拡大機が用意され、対面朗読のサービスもあります。子どもを対象にした読み聞かせや、高齢者向けの音読会なども開催され、館内に研修やイベントのための場所を用意しているところもあります。つまり、誤解を恐れずにまとめると、図書館は「不特定多数の人が予測不能な形で出入りし、さまざまなモノや人を介して接触しあう場所」だということです。
ただ、どんな場所であっても、どんなに対策を講じたとしても、感染を100%防ぐ方法というものはありません。また、図書館のスタッフや利用者の感染が発覚したとしても、その事実だけで図書館の対策不足が原因だと決めつけることもできません。図書館としてはサービスを継続させるために、海外の事例や業界団体が作成したガイドラインなども参考にしながら、できるかぎりの感染対策を実施することになります。対策の延長として考えに考え抜いた結果、これまで行ってきたことを中止せざるを得ない図書館もあるでしょう。一方で、図書館の役割をあらためて考えなおし、変わらぬ立場を維持するため、方法を変えてサービスを継続する図書館も出てきています。
ただひとつ、確実にすべての図書館や司書に共通するものがあります。
それは「図書館は利用者のために開館していたい」という思いです。
もし、この記事を読んでくださった日に利用しようとした図書館が休館していたら、このことを思い出していただけるとうれしいです。
さらに、図書館でも、どこででも、まめに手を洗っていただけると、うれしいです。
感染症と図書館の「今」を俯瞰する
現在の状況はある意味、「全国の図書館が一斉に "感染症" というひとつの課題に向き合っている」とも言えます。そのような状況も、これまでにはなかったことです。そのような特別な状況にある図書館の姿を全数調査で残そうとする活動が、4月から続けられています。
saveMLAK: covid-19-survey. (https://savemlak.jp/wiki/covid-19-survey)
saveMLAKは、2011年3月11日発生の東日本大震災をきっかけに活動を開始した、博物館・美術館 (Museum)、図書館 (Library)、文書館 (Archives)、公民館 (Kominkan) の被災・救援情報サイトです。MLAKに関わりや興味のある個人が集まり、活動しています。
covid-19-surveyがはじまったきっかけは、全国の図書館の蔵書が検索できるサイトの運営などをしている「カーリル」の吉本龍司さんとふじたまさえさんによる、自発的な調査です。その作業をsaveMLAKが引き継ぎ、5月半ばまでに、4回の調査が行われました。私も微力ながら、この調査に参加しています。参加できると手を挙げた人は100名近く、毎回30~40名近くが参加し、1,700以上の図書館の状況を記録しています。毎回の調査については、saveMLAKのWikiでプレスリリースを行い、生データもすべて公開しています。
作業は、完全な人力です。作業協力者ひとりひとりがひとつひとつの図書館にアクセスし、関連機関のサイトなども参考に、オンラインで共有されているデータシートに調査結果を入力していくというものです。入力する情報の典拠となるページは、後で検証ができるよう、Wayback Machine などのアーカイブサイトで残しています。
調査の途中で「これすてき」と思った図書館の取り組みは、参加者の集まるslackのチャンネルでシェアし、saveMLAKのWikiにもピックアップしています。
- 電子ブックをリモートアクセスで提供
- 新しい塗り絵やクイズを図書館サイトにアップ
- 利用者の希望に応じて司書が蔵書をセレクト
- SNSでオリジナルコンテンツを発信
- ドライブスルー形式で予約した本を貸出
- 開館したら読んでほしい蔵書をテーマ別に紹介
など。できないことよりできること、前向きな姿勢で取り組んでいるものを選んでいます。ひょっとしたら、あなたのまちの図書館が紹介されているかもしれません。
感染症とヘルスサイエンス系司書の役割
わからない・できないことを自覚する
普段、ヘルスサイエンス系の司書として医学や医療の情報サービスでお役に立ちたいと明言してはいますが、非常時になってからできることを考えるというのは、なかなかに難しいです。それでも何かのお役に立てばと、私個人の責任のもとで公共図書館向けの感染対策情報をまとめてみましたが、そもそも私程度の司書がわかることで役に立とうなんて考えること自体がおこがましいのでは、とも思うのです。むしろ「私はなにもわからない」「私にできることなどない」と自覚し、それでもできることで行動しようと考えています。
NLM(National Library of Medicine, 米国医学図書館協会)もそのような思いがあるのか、PubMedのトップ画面で「ここで文献を検索するより先に見た方がいいサイトがあるよ」とCDC(Centers for Disease Control and Prevention, 米国疾病予防管理センター)とNIH(National Institutes of Health, 米国国立衛生研究所)のCOVID-19専用サイトを、目立つ形で案内しています。
そう。
NLMは、COVID-19のためにPubMedを使いましょうと、言っていないんです。
PubMedトップ画面(2020/5/13)
しかしながら、NLMの人たちが、PubMedによるCOVID-19関連文献の提供を放棄したというわけではありません。その証拠に、NLMはPubMedをベースにした、新しい情報収集のためのサイトを公開しています。
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