地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2020年11月号 vol.6(11)

医療系メディアと真実のゆくえーコホート研究論文に言及するうえで注意すべき2つのポイント

2020年10月29日 02:54 by syuichiao

 HPV(Human Papilloma Virus:ヒトパピローマウイルス)ワクチンの有効性に関する研究報告【1】が、世界的にも有名な医学誌「New England Journal of Medicine」に、2020年10月1日付で掲載されました。インターネット上でも広く関心を集め、一般メディアでも報道【2】されましたので、ご存じの方も多いと思います。

 HPVワクチンは、子宮頸がんを予防するために開発されたワクチンですが、これまで子宮頸がんの発症リスクを低下させたとする質の高い研究データはありませんでした。むろん、子宮頸がん患者のほぼ全例でHPV感染が認められる【3】こと、また同ワクチンには子宮頸がんの前がん病変に対するリスク低減効果【4】【5】が示されており、子宮頸がんの予防効果が示されるのは時間の問題と言われてきました。

 ところが日本では、2013年にHPVワクチンと因果関係が否定できない有害事象の報告がなされ、厚生労働省は積極的な接種勧奨の一時差し控えを決定しました。現在でも状況は変わらず、HPVワクチンの接種率は世界的に見ても極端に低くなっています。こうした背景から、HPVワクチンに対するマスメディアの報道はネガティブなものが目立ち、ほぼ確実ながん予防効果について取り上げられることは多くありませんでした【6】。今回の論文報告を受けて、ワクチンの有効性に関する情報が広く周知されることは、決して悪いことではないと思います。しかし他方で、やや極端な報道をしているメディア記事も見受けられます。少なくともこの論文自体は「HPVワクチンががんを防ぐ効果を実証した論文」とは言えないものです。

 むろん、HPVワクチンの効果を否定するつもりはありません。公衆衛生学的観点からみればHPVワクチンは益の大きな予防介入であることは間違いないでしょう。ただ、医療に関する情報コンテンツを作成するにあたり、言及している論文に記載されている事実から飛躍した解釈を付け加え、それを強調するかのように表現することは、週刊誌の過激な見出しや、いわゆるトンデモ記事との境界線が曖昧になってしまします。あるいは記事作成者が論文そのものを読めていないことの傍証です。

 New England Journal of Medicineに掲載されたHPVワクチンの論文は、コホート研究と呼ばれる手法で検討されたデータをまとめたものです。コホート研究は、一定数の集団を対象に、検討したい医学的な状態(ワクチンの接種、生活習慣、医薬品の使用など)を有する人と、有しない人を比較して追跡調査を行い、その後の健康状態(がんの発症など)を比較する研究手法です。

 臨床医学において、どんな研究手法であっても真に正しい真実が導き出されるわけではありません。コホート研究の結果についても同じです。比較をするというのは想像以上に難しいことなのです。例えばHPVワクチンを接種している集団と、接種していない集団で子宮頸がんの発症リスクを比較する場合、ワクチンを接種している人では、そもそも子宮頸がんリスクが低い傾向にあると考えられます。

 HPVワクチンを接種するような人はどんな人なのか想像してみてください。感染リスクの高い危険な性行為を避けたり、健康に配慮した生活をしていたり、あるいは予防医療全般に関心が高い集団かもしれませんよね。HPVワクチン接種者と非接種者で、このような生活背景の差異を認めた場合、ワクチンの接種とは無関係に、ワクチン接種者で子宮頸がんの発症リスクが低いという結果が導き出されるかもしれません。少なくとも研究に示されたリスク低下がHPVワクチンによるものなのか、HPVワクチンを接種するような人の生活背景がもたらしたものなのか、明確に判別することは困難でしょう。

 確かにNew England Journal of Medicineは世界的にも有名な医学誌であり、いわゆる権威ある医学誌の一つかもしれません。そのような雑誌に掲載されたとなれば社会的なインパクトも大きく、これまでネガティブな報道に飽き飽きしていた医療者にとっては、またとない反論の機会です。でも、僕は情報に対して常に冷静な態度でありたいと考えています。個人的な期待や関心を可能な限り排除して、事実だけと向き合いたいのです。今回は、コホート研究論文に言及した医療情報を作成、あるいは読み解く際に、少なくとも押さえておきたい2つのポイントをご紹介します。

【参考文献】
【1】N Engl J Med. 2020 Oct 1;383(14):1340-1348. PMID: 32997908
【2】朝日新聞デジタル 子宮頸がん、ワクチンでリスク6割低下 167万人調査 
【3】CMAJ.2001;164:1017-25.PMID:11314432
【4】Cochrane Database Syst Rev. 2018 May 9;5:CD009069. PMID:29740819
【5】Lancet.2019;394:497-509.PMID:31255301
【6】日経DIオンライン. HPVワクチンの接種をどう考える? 

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