地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2021年02月号 vol.7(2)

コロナ禍における介護施設の面会禁止再考:家族を「エッセンシャル・ケアラー」と捉える視点

2021年02月02日 17:42 by spitzibara
2021年02月02日 17:42 by spitzibara

 新型コロナウィルスの感染拡大によって、高齢者や障害児者の入所施設では面会を禁止したり制限したりする措置が取られてきました。私たち夫婦も、第1波の時には3か月間まったく娘に会えませんでした。その後は短時間の対面面会や外出が認められていた時期もあったのですが、やがてアクリル板越しの面会となり、第3波まっただなかの現在はLINEでの面会のみとなっています。折々の状況ごとに、ギリギリの決断での工夫で面会を残してもらえていることに感謝しつつも、会えないことがこんなにつらいとは思いませんでした。長引くにつれ、娘はもちろん園のみんなのストレスが案じられてなりません。   

 それでも最近は、認知症の高齢者などに面会禁止が悪影響を及ぼすという懸念とともに、見直しの必要が言われるようになってきました。つい先日も思わず手を打ったのが、着脱が簡単な面会者用の防護服が開発された、という1月16日の北海道放送のニュース1)でした。

 独特の防護服で宇宙飛行士のように見える女性は、施設で暮らす母親の居室を訪れ、寄り添って座って話をしながら母親の手をマッサージしていました。30分の面会時間のうち、20分をそうしてマッサージして過ごすそうです。こうして触れ合うことで、言葉に載せられない、家族ならではの大切な思いが伝わっていき、そして肌の温かさを通じて、思いが戻ってくる……。私自身も言葉を持たない娘と、ずっとそうやって気持ちを通い合わせてきたことを思うと、なんだか泣きそうになりました。こんなふうに、家族にしかできないケアというものもあるんだけどなぁ……。

 実は、この記事を読む直前に、オランダではガイドラインを作って介護施設での面会を解禁したという情報に接したところでした。パイロット調査として、入所者一人につき決まった家族一人だけに限定して対面の面会を実施したところ、感染者は出なかったので、全国的な解禁に踏み切った、ということでした。そこで、その調査報告 “Allowing Visitors Back in the Nursing Home During the COVID-19Crisis: A Dutch National Study Into First Experiences and Impact on Well-Being”2)を読んでみました。

 ヨーロッパではCOVID-19による死者の19%~72%が介護施設の入所者。感染予防のため世界中の介護施設で面会を禁止または制限しました。オランダでも介護施設はロックダウンされましたが、面会制限が入所者のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良い状態にあること)に大きな影響を及ぼし、職員にもジレンマをもたらすこと、そして「拘束の回避がこんなにも進んだ時代にあって、入所者に面会と移動を禁じるのは自律と自己選択の権利への深刻な脅威である」ことへの懸念から、ヨーロッパの国々は2か月ほど後に慎重に再開を模索し始めたとのこと。オランダでも施設のロックダウン開始から8週間後にガイドラインが作られました。概要は、以下です。ただし強制力はなく、従わなくても罰則はありません。

面会する人への推奨事項

●面会の頻度と長さについて施設と合意すること。

●入所者一人につき、決められた一人だけが面会を認められる。

●個々に衛生手段を講じること(入り口で手の消毒、検温)

●面会の曜日と時刻は問わない。

●面会では職員、他の入所者を含めて、1.5メートルの距離をおく。

●COVID-19の症状がないこと。

●指示が困難な人(認知症の人など)との面会では予防効果のあるマスクをしなければならない。

施設への推奨事項

●決まりを順守し、入所者と家族のウェルビーイングを常に念頭においておくこと。

●十分な個別の防護具(spitzibara注:マスクのことのようです)、検温、それらの適切な使用。

●厳格な衛生ルール

●十分な職員配置

●地域の保健機関による十分な検査キャパシティ

 

 パイロット調査の目的は、このガイドラインが介護施設の個々の現場でどのように適用され、入所者、家族介護者、職員のウェルビーイングにどのような影響をもたらすかを調べること。オランダの介護施設のありようを反映する26の施設が選ばれ、2020年5月11日から6月5日の4週間弱の間、ガイドラインに即して家族との対面面会が実施されました。そして現場ごとに窓口と決められた職員に対して電子アンケート、電話インタビューが行われたほか、WhatsAppを利用して参加者らによる意見交換の場が設けられました。

 面会時間の平均は出入りの手続きにかかる15分を含めて約1時間。多くは入所者の居室での面会でしたが、居室か共有空間での面会かの選択を可能とした現場もあり、また面会者と一緒に外の散歩を認めた例もありました。入所者全員に面会を認めた現場もあれば状況により一部の利用者に限定して認めた現場もあったり、またガイドライン順守状況の監督についても、面会開始から15分後に職員が訪室したところもあれば、プライバシーへの配慮から訪室しなかった現場もあるなど、実施の詳細にはバラつきが見られました。面会再開により職員の仕事が大きく増えたために、多くの現場では面会の手順書を作り担当者を決めるなど対応していました。

 面会再開の影響については、回答者全員が、入所者、家族、職員に良い影響があった、窓越し面会やビデオ電話よりも大きな価値がある、と回答。

「面会はいい影響があります。一緒にコーヒーを飲む、衝立なしに同じ空間に一緒にいるというのは、小さな一歩に見えますが、情緒的にはとてつもなく大きな一歩と感じられます」

「職員が家族に代わることはできません。うちの入所者は、また面会ができると分かる人たちなので、先に楽しみにできるものがあることで気持ちが違ってくるのです」

 一方で、身体的に触れ合いたかった、施設の外に出たかった、という声も。また少数ながら、感染リスクを案じて面会に踏み切れなかった家族や、重症化リスクの高い家族がいる職員からは感染の不安を感じた、という声もあったそうです。

 面会再開から3週間の段階で、参加した施設では感染者はゼロ。ただし同時期には全国的にも感染者は減少傾向にあったことや、調査期間が短いことなどから、論文はさらなる調査研究が必要だと述べています。

 オランダ政府は調査続行中の5月25日に、このガイドラインに沿って国内の全介護施設に面会再開を許可しました。さらに入所者が面会者とともに外に出る必要を盛り込んだ改訂版も作られたとのことです。

 とはいえ、昨年前半の情報なので、その後、世界中で感染が急拡大していることや変異種の出現という状況の変化を考えると、オランダもその後はどうなっているのかが気になるところではあります。

 そこで、英語での検索で容易にヒットできた英国政府のガイドライン“Visiting care homes during COVID-19”を読んでみました。こちらは今年1月6日からの改訂版です。

 英国のガイドラインも、入所者にとっても家族にとっても面会を通じて大切な人との関係を維持することは互いのウェルビーイングに極めて重要だと認め、面会のメリットと感染拡大リスクとのバランスをとる必要を説いています。施設ごとに物理的状況や入所者の状態も違うので、それぞれの施設ごと、入所者ごとの個別のリスク・アセスメントが不可欠だということが繰り返し述べられています。自分の施設の状況に応じた面会方針、さらに一人ひとりの入所者ごとに適した面会方法が検討されなければなりません。

 面会前の検温と手指の消毒、マスク着用などの感染予防対策の他、入所者一人につき面会できる人をなるべく決められた一人、最大でも二人に限定すること、面会の際には常に2メートルの距離を保つこと、建物の外での面会、または外から直接入れる部屋で換気をしつつ衝立越しに、あるいは窓での面会とすること、面会に使われた場所はその都度十分に消毒すること、面会者は他の入所者とは接触しないこと、職員との会話も2メートル離れて15分以内とすることなど、オランダのガイドラインよりも厳格です。

 印象的なこととして、入所者が人生の終わりに近づいた際などの例外的状況では、家族の面会は必ず可能とすべきことが謳われています。一般の面会は、施設内で感染者が出た場合には即刻中止されますが、死に瀕している入所者への面会だけは例外となります。また、最後の数日だけというのではなく、死が予測される何か月か前からこうした面会が可能となるよう、あらかじめ計画調整が必要だとも述べられています。

 この点は、米国CDCのガイドライン(2020年3月13日)でも、終末は介護施設での面会禁止の例外とされており、米国の介護施設では死が1~3日以内に差し迫った場合には家族の面会を認めるという方針とのこと4)。

 しかし、こうしたプロトコルに対して「人生最後の数時間だけでは不十分」「そろそろ家族が大切な人のベッドサイドにいられるように、プロトコルを見直す時期」4)と異を唱える人がいます。オハイオ州のシンシナチ大学の老年科医、Jeffrey D. Schlaudeckerです。

「私は老年科医として、また介護施設の医療責任者として、家族はビジターではなく、我々のケアにおける不可欠なパートナーだと学んできました」

「寝たきりの母親に食事を食べさせる娘や、脳損傷のために言葉が出ない妻の髪を櫛けずり編んでやる夫は、建物内にいる単なるビジターではありません」

 同医師が働く介護施設では、一対一で意思疎通を図ったり、時間をかけて食事を食べさせたりという、家族がいなければ職員がつきっきりで行うしかないケアを提供してくれる家族を「エッセンシャル家族ケアラー(EFC)」5)に認定し、ビジターとは区別しています。ビジターとボランティアは制限する一方で、EFCには、職員に定められている感染予防の手順で建物内に入ってもらうそうです。その基準は以下です。

●家族の一人をEFCに認定。

●家族がいなければ職員がその人につきっきりで行うことになるケアをEFCは提供する

●介護と医療の責任者による共同意思決定

●毎日2時間以内の面会

●建物内では常時マスクを着用

●到着時に検温と質問票によるチェック

●看護師の指導により手洗い方法のトレーニングを受ける

 

「COVID-19感染予防の努力がまだ何か月も続く中、私たちは入所者を感染拡大のリスクから守らなければなりません。が、同時に、私たちは家族をEFCとして施設内に入れることで、パーソン・センターの高齢者ケアを進めていかなければなりません」

 

 拘束の回避、自己選択の権利、ケア・パートナーとしての家族、パーソン・センター・ケア……。これらの資料を読みながら、自分がコロナ禍という未曽有の災害を前に無力感にとらわれ、「こんな時だから仕方がない」と思考停止していたことに気づかされる思いでした。

 長い年月をかけて、ケアをめぐる様々な試行錯誤と議論を通じて形作られてきた、多くの大切な価値や理念がコロナ禍によって一掃され、忘れ去られてよいわけはありません。コロナ禍にあってなお、ケアの現場で積み重ねられてきた大切なものを守ろうとする姿勢を失わないためのヒントが、今回読んだ資料の中にあるように思います。

 

1) これは宇宙服?面会専用の防護服でコロナを気にせず“親孝行” 北海道札幌市

https://news.yahoo.co.jp/articles/058bc222b5539e9d4d7f2a6743ed2b4d974c87de

2) https://www.jamda.com/article/S1525-8610(20)30526-0/pdf

3) https://www.gov.uk/government/publications/visiting-care-homes-during-coronavirus/update-on-policies-for-visiting-arrangements-in-care-homes

4) https://www.jamda.com/article/S1525-8610(20)30430-8/fulltext

5) Essential Family Caregiver。米国では「介護者」はcaregiver、英国ではcarerと称されます。日本では「ケアラー」という表現が認知されているので、訳語はケアラーに統一しました。

 

※訂正(2021.2.2)
表現に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

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