地域医療ジャーナル

　日本における新型コロナウイルスワクチンの接種状況は、自国でワクチン開発を成し遂げた米英に比べて大きく出遅れていました。しかし2021年5月末以降、国内の接種率は加速度的に増加しており、 6月24日時点における65歳以上の初回接種率は50%を超えました【図1】。

【図1】新型コロナワクチンの接種状況（参考文献【１】より引用）

　しかし一方で、新型コロナウイルスワクチンに関するデマ情報や、その接種に対して否定的な論調も絶えません。先日、反ワクチンを論じた書籍がAmazonから削除されたことはご存知でしょうか。同社のコンテンツガイドラインに準拠していない書籍に該当するとして、その取り扱いを中止したのです。このAmazonの措置に対して、医療関係者の多くはTwitter上で賛美の声を上げていました。しかし、数日後には販売が再開されており、なんとも拍子抜けする事態となってしまいました。Amazonの日本法人はメディアの取材に対して「一時誤って販売が停止されていた」と答えたそうです【2】。

　同時期にはまた、新型コロナウイルスワクチンの安全性に懸念を訴える450人が、連名で接種中止を求める嘆願書を厚生労働省に提出したと報道されました【3】。嘆願書を提出した人の中には少なくない数の医師もいたとのことで、Twitter上ではこの事態に対する批判的なツイートが数多く投稿されました。

　報道によれば、新型コロナウイルスワクチンに対する安全性の懸念理由として「（新型コロナウイルス感染症は）死亡率が非常に低く、感染者の80％が軽症にもかかわらず、安全性もまだ分かっていない遺伝子ワクチンを国民全員に接種させる必要があるのか疑問」という論理展開がなされていたそうです。しかし、新型コロナウイルス感染症が世界の超過死亡にもたらした影響が決して小さくないこと、ワクチンの有効性や安全性に関して既に多くの研究データが蓄積されていることはいうまでもありません【4】～【7】。そのような中、河野太郎 新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣は6月24日、新型コロナウイルスワクチンのデマ情報に対して、その詳細をご自身の公式ウェブサイトで丁寧に解説し、デマ情報の論理を支える根拠が皆無であることを指摘しています【8】。

　新型コロナウイルスに限らず、いつの時代においても医療否定論やワクチン否定論は存在します。科学と疑似科学の境界線を明確に設定することは困難【9】ですが、いわゆる「トンデモな医療」と括られる主張の中には、荒唐無稽としか思えないような根拠のないデマ情報が散見されることは確かです。このような言説は、時に陰謀論などとも呼ばれます。

  一般的にワクチンに関する有害説は『「ワクチン接種はヒトにとって有害である」という基本的な考えのもと、社会および個人に対してワクチン接種の危険性を訴える主張の総称』を差します【10】。ワクチン有害説の主張は多岐にわたりますが、おおむね次の論点に整理することができます。

①ワクチンを接種するよりも、感染症に自然罹患したほうがよい
②ワクチン接種によって深刻な副反応が引き起こされる
③ワクチンの効果を実感できない
④医師や製薬会社の陰謀によって、本来必要のないワクチンを接種される

　これらの主張の中でも①と②は、臨床研究の結果に基づく知見が蓄積されることによって、実証的根拠（すなわちエビデンス）による論理的な反駁が可能です。③については、当たり前と言えば当たり前の主張なのです。疾病を予防するということは、現実的には何も起こっていないわけで、予防効果そのものは人間の認識にとって「幻」のようなものです。また、ワクチンの効果を実感できないという事態は、ワクチンを接種したにも関わらず予防されるべき疾病にかかってしまった状態を指すので、そもそもワクチンを接種していない人が主張することは的を射てない議論といえるでしょう。④はむろん、無根拠な言説であり有害説の中でも陰謀論に属するものと考えることができます。

　様々なメディアで関心を集めるワクチン有害説や陰謀論ですが、こうした状況は日本だけではなく、世界的な問題であることが知られています。今回は、新型コロナウイルスワクチンに対する「陰謀論」について論文情報を踏まえながら考察をしていきたいと思います。