地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2021年10月号 vol.7(10)

食べ物を悪者扱いするということ

2021年09月28日 00:11 by shinnoyuki
2021年09月28日 00:11 by shinnoyuki

今月の地域医療ジャーナルは特集号です。テーマは「ノセボとプラセボ」。私自身,「読みたいなぁ」,「書きたいなぁ」と感じていたテーマでもあります。主に臨床研究や薬剤投与等の場面で話題になるテーマかと思いますが,それらに関する詳細は他の先生方におまかせし,私は特に「食」に関する部分について,そして特に「ノセボ効果」について書いていきたいと思います。

ノセボ効果(ノセボ反応)は,摂取したのがプラセボ(偽薬)であるにも関わらず,それによって望まない作用が生じることを指します。すなわち,発生した症状に関係すると考えられている成分が含まれていないにも関わらず,何らかの症状が発生してしまうことをいいます。一般には,この逆のプラセボ効果(プラセボでも有益な作用が生じる)が知られているかもしれませんね。

ノセボ効果は,治療効果に対する期待や条件付けといったメカニズムで発生することが指摘されています【1】。すなわち,治療の効果に対して懐疑的(効果を期待していない等)であったり,過去の治療で否定的な経験をしたことのある場合は,ノセボ効果が発生しやすいと考えられています【2】

ノセボ効果は「食」の分野でも話題になることがあります。「グルタミン酸ナトリウム(MSG:monosodium glutamate)」と「中華料理店症候群(CRS:chinese restaurant syndrome)」との関係もその1つです。

1960年代ごろ,中華料理を食べた人が頸部や腕のしびれ・倦怠感・動機といった症状を発生させたことから,中華料理に大量に使用されるMSGがその原因ではないかと示唆されたことがありました。その後,いくつかの研究が行われましたが,臨床試験等においては,MSGがそれらの症状を引き起こすとされる証拠は不十分であり,実質的にCRSの原因がMSGであるとの言説は否定されているのが現状です。

2000年には,MSGの摂取によりノセボ効果が生じる可能性があることを示唆する研究結果が発表されています【3】。MSGに反応すると考えている被験者130名を対象に,MSGの摂取による影響を評価する研究の結果が報告されました。その結果,36名(27.8%)にノセボ効果(プラセボでMSGと同等以上の症状)が生じていたことが報告されています。

ノセボ効果は,それらの食品を摂取することで,何らかの悪い影響があると知っている場合に発生する可能性があると考えられます。MSGに対するネガティブなイメージが,これらの症状を発生させた可能性が示唆されます。

また,グルテンによっても,ノセボ効果が生じる可能性があることが指摘されています。グルテンは,セリアック病という病気において,症状を引き起こすトリガーになることが知られています。また小麦製品には多くの場合グルテンが含まれるため,小麦アレルギーの人にとってもグルテンを避けようとすることは有益な場合があります。しかし,セリアック病や小麦アレルギーでない人にとっては,グルテンが体調に悪影響を及ぼすとする証拠は不足しています。

2016年に発表されたレビュー論文では,非セリアックグルテン過敏症(NCGS)の患者を対象に実施された,グルテン摂取の影響を確認するプラセボ対照二重盲検比較試験の結果をまとめています【4】。このうち,グルテンの影響とノセボ効果(プラセボでグルテン摂取時以上の症状が発生)の影響の区別を目的に実施された研究(4つの研究;合計231名)では,40%の被験者(94名)でノセボ効果が確認されたことを報告しました。非セリアックグルテン過敏症のすべてがノセボ効果で説明できるものではありませんが,その要因の1つとして考慮しなければならないほど,大きな影響力をもっています。

参考文献

  1. Benedetti F, Mayberg HS, Wager TD, Stohler CS, Zubieta JK. Neurobiological mechanisms of the placebo effect. J Neurosci. 2005 Nov 9;25(45):10390-402. PMID: 16280578.
  2. Manaï M, van Middendorp H, Veldhuijzen DS, Huizinga TWJ, Evers AWM. How to prevent, minimize, or extinguish nocebo effects in pain: a narrative review on mechanisms, predictors, and interventions. Pain Rep. 2019 Jun 7;4(3):e699. PMID: 31583340.
  3. Geha RS, Beiser A, Ren C, Patterson R, Greenberger PA, Grammer LC, Ditto AM, Harris KE, Shaughnessy MA, Yarnold PR, Corren J, Saxon A. Review of alleged reaction to monosodium glutamate and outcome of a multicenter double-blind placebo-controlled study. J Nutr. 2000 Apr;130(4S Suppl):1058S-62S. PMID: 10736382.
  4. Molina-Infante J, Carroccio A. Suspected Nonceliac Gluten Sensitivity Confirmed in Few Patients After Gluten Challenge in Double-Blind, Placebo-Controlled Trials. Clin Gastroenterol Hepatol. 2017 Mar;15(3):339-348. PMID: 27523634.
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