こんにちは,エビカツ横丁の kei です。今回も素敵な著者陣の末席を汚させて頂き,実際の論文をあっさりめに読んでみたいと思います。
今月号はノセボ・プラセボがテーマにということで,正直どのような内容にすべきか大変悩みました……が,やはり「プラセボ効果」といえば「痛み」ですよね。
ということで,第2回はシンプルにプラセボ比較試験を取り上げさせていただくことに致しました。
今回のテーマは
片頭痛は抗体医薬でどのくらい防げるか?
です。
少し古いのですが「片頭痛」初の抗体医薬であるガルカネズマブ Galcanezumab(商品名エムガルティ®︎)の第 III 相試験を読んでみます。
この論文を読みながら,「痛み」に対するプラセボ比較試験の何たるかに想いを馳せたいと思います。
「片頭痛」というとお馴染みのあの病気ですが,一般に誤解されがちな病気でもあったりして,その辺りにも触れていきたいと思います。
前回の観察研究とは打ってかわってガチガチの臨床試験,かつニッチな薬剤のネタで恐縮なのですが,お付き合いいただけたら幸いです。
Evaluation of Galcanezumab for the Prevention of Episodic Migraine The EVOLVE-1 Randomized Clinical Trial|JAMA Neurol. 2018;75(9):1080-1088. doi:10.1001/jamaneurol.2018.1212
PMC free full text: 6143119
PMID: 29813147
NCT: 02614183
論文原著は現在フリーアクセスですので,是非論文を片手に一緒に読み進めていただければ嬉しいです。
※当記事の筆者は,この内容に関し開示すべき COI はありません。
片頭痛発作は抗体医薬で予防できるのか?問題
論文の概要
- 反復性片頭痛(episodic migraine)患者に対するガルカネズマブ皮下注の有用性を検討した第 III 相試験 EVOLVE-1 試験の論文
- この EVOLVE-1 と,もう1つの第 III 相試験である EVOLVE-2 で有意差を出し,ガルカネズマブは FDA の薬事承認を勝ち取った(本邦でも適応あり)[Drug Info]
- 多施設共同 プラセボ比較 2重盲検RCT(北米90地域)
論文の背景
PICO に入る前に,基礎知識として background に記載されている内容からいくつか転記します。
- 片頭痛 migrane は,全世界の disease-related disability 原因トップ10 に入る。
- 片頭痛の予防薬(※バルプロ酸やβブロッカー)の中断率は高く,半数以上が自己中断しているという報告もある。効果の乏しさや忍容性の問題があるためと考えられる。
- カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は,中枢および末梢神経系においてひろく発現する感覚系の神経伝達物質である。
- CGRPは,片頭痛の病態生理にも関連があると考えられている。
- 片頭痛患者に CGRP を投与したところ,片頭痛発作が誘発されることが知られている(※CGRP 誘発頭痛は,国際頭痛分類 ICHD-3版で 8.1.7 にコードされる)。
- ガルカネズマブ galcanezumab は,片頭痛発作予防のために開発された薬剤で,CGRPに結合するヒトモノクローナル抗体である。
- EVOLVE-1試験は,反復性片頭痛 episodic migraine を対象に行なった,多施設共同 プラセボ比較二重盲検 RCT(第 III 相試験)である。
論文の PICO
概要 | |
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P | 18-65 歳で,国際頭痛分類 3β「片頭痛 migraine」と1年以上前に診断されており,発症が 50 歳より前であった患者。また,投薬前の baseline period において,80 % 以上のコンプライアンスで頭痛日誌を記載できた患者。その上で,4〜14 日の頭痛発作日(MHDs *1)があり,少なくとも月に2回の migraine attacks があること |
I | 1) ガルカネズマブ 120 mg 月 1 皮下注 2) ガルカネズマブ 240 mg 月 1 皮下注 |
C | プラセボ 月 1 皮下注 |
O1 | ベースラインから MHDs の変化量の平均 |
O2 | 1) MHDs がベースラインから 50〜75 %低下した人の割合 2) MSQ-RFR(0-100)(*2)のベースラインからの変化量の平均 3) 投薬を要した頭痛日数のベースラインから変化量の平均 4) PGI-S(1-7)(*3)のベースラインからの変化量の平均 5) 頭痛時間(hr)のベースラインからの変化量の平均 6) MIDAS (*4)総合点のベースラインからの変化量の平均 etc.. |
T | 予防薬の washout 期間を 3-45 日設けた上で,30-40 日の baseline period で頭痛日誌を記載。コンプライアンスを維持できた者がランダム化を受け,1-6ヶ月 二重盲検下で治療。その後 4 ヶ月追跡。 |
(*1) MHDs:Migraine Headache Days(片頭痛発作日)。頭痛発作のあった日数。
(*2) MSQ-RFR:0-100 点で,高ければ高いほど状態を示すスコアリング.片頭痛に伴う心理的・心体的な制限を質問表で収集したもの。Migraine-Specific Quality of Life questionnaire.
(*3) PGI-S:患者の感じる全般重症度(Patient Global Impression of Severity).あなたの病気の程度はどの程度?という質問に対して,1(normal, not at all ill)- 7(extremely ill)の7段階で回答。
(*4) MIDAS:頭痛のために,直近の 90日で日常生活・仕事・社会活動の生産性が下がったり機会を失ってしまった日数(0-270)。高いほど悪い。
※
P: 対象者 patient(participant)
I: 治療介入 intervention
C: 比較対照 control
O1: 主要評価項目 primary outcome
O2: 二次評価項目 secondary outcome
T: 期間 Time frame
結果
- 1671 人の患者が評価され,858 名(平均 40.7 歳,女性 83.7%) 組み入れ
- ベースラインの頭痛発作日数 MHDs は平均 9.2 日。
- プラセボはベースラインから 2.8 日の月間頭痛日数減少。
- ガルカネズマブ 120 mg 治療群は,ベースラインから 4.7 日 の月間頭痛日数減少(プラセボ比 P<0.01)
- ガルカネズマブ 240 mg 治療群は,ベースラインから 4.6 日の月間頭痛日数減少 (プラセボ比 P<0.01)
- ほかの全ての key secondary outcomes においても有意差あり(*)
- 120mg と 240mg の用量で,臨床的意味のある有効性の差は認めなかった
- 治療の完遂率は 81.9 %
- 実薬群において有害事象による中断は 5 % 未満
(*) 多重比較はダネット法で補正
結論
- ガルカネズマブ Galcanezumab は,120mg も 240mg も臨床的な有効性を示し,患者の生活機能を改善させた。
この論文から何が言えるのか?
以上は概ね論文の要旨(abstract)から抽出できる内容です。
厳格な〈検証的試験〉で有意差が出ており,もう1つの同規模の RCT である EVOLVE-2(PMID: 29848108)でも有意差が出ていることから,ガルカネズマブに片頭痛治療薬としての効果があることはほぼ疑う余地がないと言えます。
※厳密な表現をすれば「プラセボとガルカネズマブの治療効果に "差がない" という帰無仮説が正しいとすると奇跡的な確率(P<0.01)でしか起きえない様なデータが 2 回の独立した RCT で再現されている」ということです。
しかしこれだけの内容で
よっしゃガルカネズマブは有効だ!
片頭痛予防にはガルカネズマブの時代だ!
と飛びついて結論してよいかというと,なかなかそう簡単にもいきません。
RCT の結果を読むときには
- 目の前の患者さんにそのまま適応できるデータか?
- そのまま適応できないなら,どの程度割り引いて考えるべきか?
といった考え方が重要となります。
この研究に限らず〈第 III 相試験〉は新薬が承認を勝ち取るに至った重要な試験であり,その薬を患者さんに投与する前に必ず目を通しておくべき基本情報です。
しかし,こうした試験はしばしば組み入れ基準が厳格すぎ,リアルワールドの患者さんと乖離しているという問題があります。
そこで,私が今回のテーマで特に着目したいのは以下の3点です。
- 試験対象者たちは目の前の患者さんと類似しているか?
- プラセボ結構効くじゃん問題
- 費用対効果
お付き合いいただければ幸いです。
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