前回の記事では、臨床的惰性に対する介入と、そのアウトカムについてご紹介しました。臨床的惰性の克服は、良くも悪くも処方薬剤数の増加や、用量の増加をもたらす傾向にあります。その結果としてもたらされた多剤併用の一部については、2010年代に入り「ポリファーマシー」や「潜在的不適切処方」といった言葉とともに、社会から厳しい眼差しを向けられることになりました。
治療を強化しないことが不適切とされる問題だけでなく、治療をやめないことが不適切とされる問題もまた、臨床的惰性と無縁ではありません。臨床的惰性は薬物治療を強化する際にも、薬物治療の中止あるいは減薬をする際にも、強い影響力を持っているからです。
多剤併用に至ってしまう原因は多岐にわたります。複数の疾患を有する高齢者の薬物治療は決して単純なものではなく、ポリファーマシーと呼ばれるような状態にあっても、不適切なケアというよりはむしろ、適切なケアを反映していることは少なくありません。例えば、感染症や手術など、急性期的な体調の変化で、使用する薬を一時的に増やさなければならない状態かもしれません。また、たとえ多くの薬を服用していたとしても、それは長い治療期間おいて、患者さんそれぞれの病状を踏まえ、慎重に管理されたケアプランによるものかもしれません。
一方で、いわゆる不適切なポリファーマシーが存在することも確かです。その典型例が処方カスケードと呼ばれるものでしょう。薬の副作用による症状にも関わらず、その症状を緩和するために、新たな処方が継続的に追加されてしまう状況です。
これまでに報告されているポリファーマシー研究の多くは、ある一時点の処方薬剤数と健康状態との関連性や、限られた研究期間における減処方アプローチの影響を検討したものにすぎません。薬の処方数は臨床的惰性の影響下にありつつも、生涯を通じて少なからず変化するものです。本連載の最終回では、臨床的惰性とポリファーマシーの接点を探りながら、薬物療法の適切性について論じたいと思います。
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