地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2015年08月号 vol.1(6)

アシュリー事件をご存知ですか? (1)

2015年07月30日 18:02 by spitzibara
 読者のみなさま、記者のみなさま、はじめまして。spitzibaraと申します。「いったいどう読むのだ?」とお叱りを受けることが多いのです が、spitz・ibaraと区切ってみてください。「気が弱いのに言いたいことだけは言わずにいられないため、スピッツのように後じさりしながらキャン キャン吠えます。小心者なら表現くらい慎重に選べばいいのに、いったん口を開くとズケズケと棘のあることを言うヤツです」の意です。

 医療専門職の皆さんの中に、ひとり毛色の違うのが紛れ込んでドギマギしていますが、初登場なので、まずはプロフィールで書いている「訳あって、生命倫理や医療倫理にウルサイ『ブロガー』」になったいきさつの辺りを、自己紹介を兼ねて書いてみようと思います。

2006年に世界で起こっていたこと

 私が生命倫理の問題に首を突っ込むことになったコトの起こりは、2006年の6月でした。当時『介護保険情報』という雑誌に時々取材記事を書いて いたのですが、編集部から「英語が読めるんだったら、インターネットで面白い介護と医療に関するニュースを拾って、連載を書いてみませんか」と提案をいた だきました。英語で毎月ネタを拾えるかなぁ、と心配だったので、まずは軽い気持ちでネット上の新聞を覗きにいったところ、いきなり、とんでもないスキャン ダルと出くわしてしまったのです。

 ニューヨークの葬儀屋がバイオ企業と結託して、葬儀場の裏手のエンバーミング室で遺体から人体組織を抜きたい放題に抜いては闇に流していた、とい う事件でした。当時、検察が捜査のために墓から被害者の遺体を掘り起こして、そのレントゲン写真を公開していました。本来なら骨盤から大たい骨が続いてい るはずのところに写っているのは、すとーんとパイプが2本――。なんとも薄気味の悪い写真でした1)これは、骨目当てに脚を切り取った後、バレないように 骨盤にパイプを取り付け、パンツを履かせて棺に入れていたケースですが、こういうことがもう何年も行われていて被害者は数百人。闇に流された人体組織は医 療製品に加工されて世界中に出回っていきますが、スクリーニングがされていないので、その製品を使って治療を受けた患者さんに重大な感染症が起こって、い くつかの国で集団訴訟になっていました。「げっ、世界ではこんなことが現実に起こっているんだ……」と呆然としました。

 この事件については、さらにあちこちの情報を当たって連載2回目で紹介しましたが、その時に同時に紹介したもう一つの話題が、「従兄弟11人が癌予防で胃を全摘」というニュース2)。胃ガンで死ぬ人が多い家系の従兄弟17人が、祖母の死を機にDNA検査を受けたところ、そのうちの11人に祖母と同 じ遺伝子変異があり、将来胃がんになる確率は70%とのこと。いつ癌になるかと怯えて暮らすくらいなら、と皆でそろってやりました……と、あちこちの新聞 で11人は晴れ晴れとハッピーな笑顔を並べておられました。

 こうして、連載のネタ探しのために英語ニュースのチェックを日課とすること、しばし。それまで私の中にあった「世界って、だいたいこういうとこ ろ」という漠然とお気楽なイメージは、日々パソコンの前で「げっ」とか「うへっ」と仰天するたびに崩壊の一途をたどり、やがて消滅していきます。当時の連 載のタイトルをざっと挙げると「グローバルな新トレンド 医療ツーリズム」「輸入される介護労働 ”現代の奴隷制"とも」「大地震後に瓦礫の山で”臓器泥 棒"」……。そうこうするうち、決定的な事件との出会いがやってきました。アシュリー事件です。

アシュリー事件――重症児に子宮摘出&乳房切除そして"成長抑制”

 2004年、米国ワシントン州のシアトル子ども病院で、身体的にも知的にも障害の重い、日本で言うところの「重症心身障害児」アシュリー(当時6 歳)に、子宮摘出及び乳房切除、そしてエストロゲン大量投与によって身長の伸びを止める"成長抑制(growth attenuation)”が行われました。いずれも親が考案し、医師に要望したものです。病院の倫理委員会の了承を経て実施されたとされています。

  この 症例については2006年の秋に担当医2人が米国小児科雑誌に論文3)で報告しているのですが、その時には障害児医療や障害児者支援の専門家の間で話題に なっただけでした。ところが2007年の元旦にアシュリーの父親がブログ4)を立ち上げたことから、世界的な倫理論争となりました。父親はそのブログで、 これら3つの医療介入をセットにして"アシュリー療法”と名づけ、世界中の重症児に一般化していこうと提言したのです。

 では、彼はなぜ、こんなことを思いついたのでしょう。
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