4月4日のワシントン・ポスト紙が「アフリカ系アメリカ人は痛みを十分に治療されていないかもしれない、その気がかりな理由」と題した記事で、興味深い論文を紹介しています。ヴァージニア大学の心理学の博士号取得候補者のケリー・M・ホフマンを主著者として、Proceedings of the National Academy of Science 誌の4月号に発表された論文、 "Racial bias in pain assessment and treatment recommendations, and false beliefs about biological differences between blacks and whites (痛みのアセスメントと治療案における人種バイアス、そして黒人と白人の間の生物学的差異に関する誤った思い込み)”です。
WP記事と元記事のアブストラクトによると、人種間の生物学的差異について誤った記述と正しい記述を織り交ぜて用意し、それらを白人の一般人92人と、白人の医学生と研修医222人に読んでもらって本当と思うかどうかを質問したところ、「黒人の皮膚は白人よりも厚い」を本当だと答えた人が、一般人では58%、医学部1年生と2年生でも40%、研修医でも25%いたといいます。
また一般人の39%が本当だと思いこんでいたのは「黒人の血は白人よりも凝固するのが速い」。医学部1年生で29%、2年生でも17%が同じ思い込みをしていますが、3年生と研修医では3%、4%と激減します。
次に、医学生と研修医のグループには、痛みを訴えている白人と黒人一人ずつのケースの概要を読んでもらい、痛みの評価と治療案を問いました。そして、同じケースの概要から人種情報を抜いたものをベテラン医師10人に読んでもらった結果と比較したところ、最初の調査で誤った記述を本当だと思いこんでいた人は、黒人の痛みを低く評価する傾向があり、治療案も黒人のケースでは白人ほど正しくなかったとのこと。
アブストラクトの結論は以下。
我々の調査結果からは、少なくとも何らかの医学的トレーニングを受けた人でも、黒人と白人の生物学的差異について誤った思い込みがあり、それらを医療判断の際に情報として用いている可能性があることが伺われる。それが痛みのアセスメントと治療の人種間格差につながっている可能性がある。
WP記事の言及から辿って、先行研究を5つ、ネットで読める範囲(本文が読めたのは1本で、残り4本はアブストラクトのみ)で読んでみました。
がん患者での痛みのコントロールに人種間格差があった(1997)。
ナーシングホームのがん患者を対象とした調査で、特に高齢者やマイノリティの患者で痛みに対する治療が十分に行われていなかった(1998)。
エモリー大学の研究者らが発表した調査では、ERで四肢の長骨骨折と診断された患者で、白人患者の74%が鎮痛剤をもらっていたのに対して、黒人患者で鎮痛剤をもらっていたのは57%。まったく鎮痛剤をもらえないリスクが、黒人患者では白人患者よりも66%大きかった(2000)。
プライマリー・ケア・センターで非がんの慢性病患者とそれぞれの主治医とに、痛みの度合いを11段階で評価してもらったところ、黒人患者ではそれ以外の民族的帰属の患者と比べて、医師が本人よりも痛みの程度を低く評価する確率が2倍だった(2007)。
ERで盲腸炎と診断された21歳以下の患者への鎮痛剤の処方実態を調べたところ、中等度の痛みに対して黒人患者は白人患者ほど鎮痛剤をもらえておらず、激しい痛みに対しても黒人では白人ほどオピオイド鎮痛剤をもらえていなかった(2015)。
読者の皆さんは、diagnostic overshadowing という言葉をご存知でしょうか? 私は、精神障害者が身体の病気で十分な医療を受けられていない問題を取り上げた2013年のNYTの記事「医師が差別する時」(8月10日)を読んで初めて知ったのですが、医師の個人的な偏見や差別意識が診断に影響することを言うようです。
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