地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2020年10月号 vol.6(10)

「医療が消えゆく」ということについて

2020年09月30日 01:04 by syuichiao
2020年09月30日 01:04 by syuichiao

 「エビデンス」「医療」。この2つの言葉に対してどんなイメージを持っているでしょうか。「消えゆくエビデンス、消えゆく医療」という特集テーマを頂いた時、最初に感じたのは「エビデンス」という非日常的な用語と、「医療」という日常的な用語のつながり、そして「消えゆく」とはどういうことなのだろうか、という素朴な疑問でした。

  エビデンスとは、証拠や根拠、あるいは証言などを意味する英単語「evidence」に由来する言葉です。経理処理をする際に、請求書や領収書などエビデンスと呼ぶこともあるようですが、医学・保健医療の分野で「エビデンスがある」と言えば、一般的には「科学的根拠がある」という意味になります。とはいえ、生活レベルの会話において、「エビデンス」を語る機会は少ないでしょう。日常生活は科学的根拠に裏打ちされるような何かではなく、むしろ主観的な感情によって豊かさを享受しうる人の生そのものだからです。そこにはエビデンスという言葉からイメージされる合理性とはかけ離れた、ある種の非合理性が混在しています。健康に良くないと言われるような喫煙や飲酒であっても、生活の中の楽しみとして受け入れている人は少なくないはずです。

  他方で、医療はエビデンスと比べれば馴染みのある言葉だと思います。在宅医療という言葉から受けるイメージのように、医療は生活の一場面と深く重なることもあるでしょう。医療とは、人間の健康維持、回復、促進などを目的とした諸活動のことを指しますが、一口に医療と言っても、その概念は一枚岩ではありません。在宅医療という言葉を使ったばかりですけど、疾病を未然に防ぐ予防医療、あるいは余命の限られた患者さんや、そのご家族の生活の質を改善するために提供される緩和医療など、その目的によって様々な医療が存在します。

  分類の仕方によって、様々な形態、あるいは概念に細分化できるかもしれませんが、医療は大きく西洋医学体系に基づく「一般的な医療」と、「その他の医療」に分けることができるでしょう。「その他の医療」なんていうと、かなりおおざっぱな分類かもしれませんが、がん治療などで注目を集めることの多い補完・代替医療(Complementary and Alternative Medicine:CAM)はその代表例と言えます。

  補完・代替医療とは、その名の通り、一般的な医療を補ったり、その代わりに行う医療のこと指し、健康食品やサプリメントのほか、呼吸法、ヨガ、太極拳、瞑想をはじめとする心身療法などが含まれます【1】。がんの治療を目的とした医療で語られることの多い補完・代替医療ですが、その定義についてはあまり明確ではなく、国や組織ごとに若干の差異があります。例えば、米国の国立補完代替医療センター(NCCAM)では、「現段階では通常医療と見なされていない、様々な医学・健康管理システム、施術、製品など」【2】、日本補完代替医療学会では、「現代西洋医学領域において、科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」【3】と定義しています。

  僕たちの生活に身近な「その他の医療」としては、東洋医学に基づく漢方薬があります。漢方薬も代替医療の一つという見方もできますが、西洋医学と同じように独自の理論体系を有し、いわゆる民間療法とは明確に区分された医療です。実際、日本では治療目的の漢方薬には保険適用があり、臨床現場でも広く用いられています。

  ホメオパシーも、一般的な西洋医学とは別の理論体系を有する医療です。ホメオパシーは18世紀末、ドイツの医師サミュエル・ハーネマン(1755年~1843年)によって創始、体系化された治療概念であり、その基本的な考え方は「症状をおこすものは症状を取り去る」という類似の法則に基づいています【4】。ホメオパシーでは、レメディと呼ばれる治療薬を服用し続けることで、疾患や症状の緩和効果が期待できると考えられています。なお、レメディとは鉱物や植物などの抽出成分を極端に希釈した液体から作る丸薬のことです。

  決して短くない歴史を有するホメオパシーですが、日本学術会議は2010年8月24日付けで、「『ホメオパシー』についての会長談話」という声明を公表し、ホメオパシーを科学とは認めないと明言しました。また、日本医師会および日本医学会はこの声明に全面的に賛同しています【5】。つまり、日本の医学界において、ホメオパシーは科学とは認められていないのです。

  独自の理論体系を有し、それなりに合理的な考えのもとに治療が行われる点において、漢方薬とホメオパシーの相違は少ないように感じてしまいます。しかし、前者は「一般的な医療」とほぼ同等の地位を与えられているのに対して、後者は科学とさえ認められず、公的な保険適用もありません。両者の明暗を分け隔てるものは一体なんでしょうか。ホメオパシーの効果はプラセボ効果に過ぎないから科学ではないのでしょうか。しかし、西洋医学で用いられる薬の多くも、少なからずプラセボ効果に過ぎない側面もありますし、「効果がある」と言われるような漢方薬やサプリメントであっても、その効能を裏付ける質の高いデータが常に存在するわけではありません。

  西洋医学は数々の実験データによって積み重ねられた客観的知見、生物学や化学を基盤とした基礎医学的知見によって導出された、極めて合理性の高い理論によって支えられており、その再現性や論理の妥当性という観点からすれば、これを上回る治療概念を想像することは難しいでしょう。このような治療概念の合理性や客観性に対する人の価値観や認識の相違が、医療の正統性に境界線を引いているといえば、なんとなくそんな気もしてきます。ホメオパシーに限らず、補完・代替医療はその定義からからして、科学的未検証なのです。西洋医学を正当な医療と位置付けているその背景には、理論の妥当性や再現性を裏付ける科学的根拠、つまりエビデンスの存在があるからだと考えることには、一定の説得力があるように思えます。

  さて、エビデンスという言葉と医療という言葉がようやく接続されました。エビデンスに基づく医療は少なからず客観性、合理性が担保され、医療提供者の非合理的な価値観、主観的な認識の入り込む余地が少ないものと言えるでしょう【6】。しかしながら、エビデンスという客観知を手にしたからと言って、医療がより合理的かつ論理的な方法に洗練されていくわけではありません。医学が時代と共に進歩してきたことは間違いないでしょう。しかし、その学術的知見を扱う人間が進歩してきたとは限らないのです。エビデンスは医療の何を変えるのか、それとも何も変えないのか、「消えゆくエビデンス、消えゆく医療について」、まずはそこから考察を始めてみましょう。

【参考文献/脚注】
【1】Natl Health Stat Report. 2015;79:1-16. PMID:25671660
【2】The Use of Complementary and Alternative Medicine in the United States. ISBN-10: 0-309-09270-1.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK83799)
【3】日本補完代替医療学会(http://www.jcam-net.jp/info/what.html
【4】Br J Clin Pharmacol. 1997 Nov;44(5):435-7. PMID: 9384459
【5】日本医学会「ホメオパシー」への対応について(http://jams.med.or.jp/news/013.html)
【6】むろん、「エビデンスに基づく医療」が客観的であり、合理的であるからといって、医療を受ける人、つまり患者さんの主観や価値観を考慮した意思決定を否定するものではありません。
 
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