私たちは今、こうして生きています。生きているということは、この世界に「いる」ということです。私たちはこの世界を何らかの方法で認識して、そして他人とシェアして、今を生きています。
ところが、今、あなたが認識しているこの「世界」が、実は自分のただの内的な幻想であって、他人にはとても認識できないものだとしたら、どのように感じるでしょうか。例えば、いつも自分のそばにいて自分を励ましてくれる良き友人、ピンチになってもいつも何とかなってしまう悪運の強さ、あるいは、いつも嫌味なことを言ってくる連中、常に自分を突き動かす内なる声……これらのことが、他の誰にも理解してもらえないことだったとしたら、つまり、客観的に見れば、あなたが認識しているのは幻覚や妄想の世界であるとしたらどうでしょうか。
そのように、他人とは共有できないような認識の世界に精神が引き離されてしまったかのような状態に陥るのが統合失調症です。統合失調症の症状は幻覚や妄想が中心であるかのように言われますが、その根底には思考障害や認知障害があることが指摘されており、思考や認知の「まとまりを欠いている」という意味で統合失調症という名前が付けられています。
例えば、普通は自分の頭の中に浮かんだ言葉はそれとして認識され、実際に声になって聞こえてくることはありませんが、もしそれが実際に現実のように聞こえてくるとしたらどうでしょうか。
電車の中で誰かが不意に足を組み替えたのを気にする人なんて普通はいませんが、もしそれが何か自分にとって極めて重大なメッセージを発しているように感じられてしまうとしたらどうでしょうか。
そういったことを通して幻覚や妄想が生まれると思っていただけたら理解が深まるかと思います。そして、このようなことは、精神状態によっては誰でも一時的に、または軽度に発生することがあるとされており、そのような「不思議な体験」をしたことのある人も少なくないと思います。しかし、それが重度で、持続して、社会生活を営めないほどに至った時、すなわち、他人と世界を共有できなくなってしまった時、統合失調症という疾患にくくられてしまうということなのかもしれません。
統合失調症の原因は脳内の神経伝達物質であるドパミンやグルタミン酸を用いる神経系の異常であるとも言われていますが、結局のところ、そういったことが上記のような状態、つまり思考や認知の異常をもたらしているということかもしれません。
そのような統合失調症は、人種や文化に関係なく、概ね1%程度の障害有病率で発生する疾患とされており、放置すれば、あるいは再燃するたびに進行する疾患であり、19世紀頃には「早発性痴呆」という風に呼ばれていたように、やがて思考の解体や人格の崩壊をもたらすとも言われることがあります。そして、抗精神病薬による薬物療法が必要であり、寛解(症状がおよそなくなった状態)を維持するためにも薬物療法の継続が必要だと言われています。
しかし、それは本当なのでしょうか。
そのような統合失調症に対する根源的な問いを改めて検証した論文が最近報告されていますので、まずはそれを取り上げつつ、現代の統合失調症治療を改めて捉え直すという話をしてみたいと思います。
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