先月号でもご紹介された「モバイル屋台ぶんじ」。初めての出動の報告が届きましたので、掲載させていただきます。
関心のある方は、ぜひご参画いただければと思います。(編集長)
2018年11月18日、都立多摩図書館で開催された映画上映・意見交換会「パーソナルソング 高齢者に音楽を届けよう!」をきっかけに、西国分寺周辺地域で具体的な行動を展開する有志のプロジェクト。メンバーには医師・看護師・薬剤師など医療従事者の他、大学生、音楽家、図書館司書など多岐に渡る。 「モバイル屋台ぶんじ」とは 地域医療ジャーナル 2019年11月号 vol.5(11) 私たちは西国分寺のまちに愛着があり、 次回出動予定:2019年12月1日(日)10時頃から2時間程 |
『まちで暮らす人の困っている』(もの・こと)を知りたい。そのためにはまちに出て、まちの人とただ話したい。そうした思いから、「にしこく編集室」は11月16日、初めて「モバイル屋台ぶんじ」を引いてまちを歩いてみた。屋台は10月に近隣の公園で組み立てたものだ。当日用意したのは、自宅から用意したルイボスティー、コーヒーを淹れるためのサーバーとポット、各国のお茶、駄菓子。
出発点となった武蔵国分寺公園クリニックは、隣に老人保健施設やデイサービス施設があり、建物の間にはよく日のあたる中庭がある。私たちはその中庭に屋台を移動させ、デコレーションを始めた。すると早速、隣の施設のスタッフらしい女性が「あら、何をしているの?」と声をかけてきた。
「これから屋台を引いて、まちの中でお茶やコーヒーを振る舞おうと思っているんです」
「まあ、どうして」
「実はそこのクリニックの者なんですが、もっと外でおしゃべりしたいなと思いまして」
少しの自己紹介をはさんだが、女性の興味はすぐに屋台の方に引き寄せられた。
「この屋台かわいいじゃない。お茶を出すの? ここで出したらいいんじゃないかしら。今日私たちもイベントやるのよ。にんじん健康ひろばっていうの」とチラシを渡してくれる。
今度はゆっくりと歩行器を押しながら高齢の女性が近づいてきた。
「あら、いいわねえ。わたし、ここで毎朝お散歩をしているのよ」
こちらはまだ支度中で、お茶を振る舞う前だというのに人が寄ってくる。何かを差し出す前に、向こうから「まちのこと」がやってきたのだ。これがモバイル屋台ぶんじのまち歩きでのファースト・ミートだった。
この日は近隣の都立武蔵国分寺公園あたりで「ぶんぶんうぉーく」というお祭りがあるということで、とりあえず公園の入り口付近へと屋台を引き、よろしかったらお茶を一杯いかがですかと声をかけてみた。一人、二人と立ち話になり、その様子に別の家族連れも立ち寄ってくれる。駄菓子を渡すときょうだいは嬉しそうに笑顔になる。
「ハッピーバースデーって飾りがついているけど、誰の誕生日なんですか?」
「あ、こいつです。この屋台の誕生日なんです! 今日が初めてまちを歩いた日でして」
あっという間に人の輪ができ、笑い声があがる。そしてあっという間に、道をパトロール中の警察官の方にもお尋ねを受けてしまった。都立公園の敷地内ということで、事前に色々と許可がいるらしい。こちらの趣旨も理解を示してくれたが、必要な手続きは安全のために必要である。それはそうだ。残念! 次はリサーチして手続きして行こう。しかし、屋台の人を引きつける力を存分に感じる瞬間でもあった。私たちはワクワクしながら次の場所へと移動した。
最終的にモバイル屋台ぶんじは駅からほど近い、史跡前の、日当たりの良いちょっとしたスペースにちょうど良い居場所を見つけた。冷たいルイボスティーと温かいコーヒーを淹れながら、「よかったら一杯いかがですか?」と通りがかりの人に声をかける。
「ええっ、なんで、無料なんですか」
「いや、ちょっとおしゃべりしたいなと思いまして。そこのクリニックで働いている者なんですけれど」
「へえ! お医者さんがコーヒーを淹れてくれるなんて、楽しいわね」
「あら、おいしい」
当初はクリニックの名前や職業を明らかにする予定はなかった。しかし初めて誰かと出会ったら、自己紹介をするのは自然なことだ。
「そこに働くようになった縁で、最近このまちに来たものですから」
「あら、私たちも初めてぶんぶんうぉーくに行くんですよ。数年前に越してきたんです。ほらあの辺り」
同じ飲み物を手にしているせいだろうか、最近やってきた同士のせいだろうか、自然と自分を開いてくれる。「あれっ、先生! 何してるんですか!」と気づいて立ち寄ってくれた方もいた。
屋台というのは、向こう側が抜けているせいで、提供する側と受け取る側というのが「あいまい」になる。自然とぐるりと屋台を囲むように人が集まり、初めて居合わせた誰もが、何となくゆるやかに同じ場を共有できる。駄菓子を選んでもらおうと子どもの目線にしゃがむので、空間がでこぼこする。色んな高さで、さまざまな方向で、会話が生まれていく。
飲み物とお菓子を提供する屋台を取り囲むように、いつの間にか「まちの困りごと」を話す空間が現れた。
「おいくつですか」
「今1歳です」
「じゃあ、うちの子と同じだ。保育園とか、もう行かれました? 」
「国立市は親子教室があるんですよね」
「へえそうなんだ!」
「うちはこれからなんですよ。もうじき産まれます」
「ええー楽しみですね」
「そうなんです、でもドキドキして」
話題は人の混ざり合いと共にころころと転がる。そのたびに当事者が変わり、場にいる誰もが情報を渡す側になったり受け取る側になったりする。私たちのほとんどがこの辺りの新入りだったこともあって、立ち寄ってくれた方がまちの楽しみや情報を教えてくれる場面も多かったように思う。あたたかい飲み物を囲む楽しさが、困りごとをひらいていく。
日頃私がクライアントと出会う診察室や面談室ではなかなか起きないことだ。
まちに出て『まちで暮らすひとの困っている』を集めたいというのが、モバイル屋台ぶんじを始める思いの発端だった。しかし実際にまちに出てみると、私たちはクリニックの隣の中庭で毎朝散歩をしている人に初めて出会ったし、広場でしょっちゅう催しがやっていることも、公園につながる道が細くてゆるやかに傾斜していることも、隣の国立市あたりから歩いて来る人が多いことも知らなかった。
実際に屋台を曳き歩くと、この史跡の前の空間のように、これまではただ通り過ぎていた場所が、実は人の集いやすい雰囲気を持っていることも分かってきた。次にやるときには、いいなという場所に相談に行き、軒先を貸してほしいとお願いすると良いかもしれない。ちょっと集まって話すのにちょうどよい居場所を、まちの人に教えてもらって訪ねていくのも楽しそうだ。モバイル屋台のとなりには、モバイル縁台をおいて座れるようにしてもいい。
ソーシャルワークとは、そこにいる人と同じ空気を吸い、一緒に景色を眺めることである。しかしながら「困ったことはありませんか」とたずねるときに、支援者とクライアントの関係は当然必ず非対称性を持ち、ともすれば人は困ったことしか発信できなくなってしまう。モバイル屋台と一杯の飲み物は、その非対称性をとっぱらう力があるようだ。何より誰かと一緒に飲み物を囲んでおしゃべりするのは楽しい。一杯の飲み物とともに楽しいひとときを分かち合うためだけに、モバイル屋台ぶんじは来月もまちをウロウロしようと思う。
文:吉村千晶(精神保健福祉士、にしこく編集室)
写真:進谷憲亮(医師、にしこく編集室)
※一部編集室で編集しました
※冒頭の解説文に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。[2019/12/1]
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