地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2020年08月号 vol.6(8)

自己責任論に立脚する医療におけるstigmatization

2020年07月13日 07:58 by kangosyoku_no_ebm
2020年07月13日 07:58 by kangosyoku_no_ebm
 「差別はいけないことだ」
 
 おそらくほとんどの人がそう思っていることでしょう。
 
 最近では黒人差別に関するデモが盛んに取り上げられていました。
 
 ただ、私たち日本人の多くは人種差別に触れることが少なく、あまり実感がないのが本当のところかもしれません。
 
 でも、日本に差別がないのか、というとおそらくそんなことはなく、性別や年齢、学歴などで多くの人が差別をしたりされたりしているのが実情でしょう。
 
 そして、医療の場では特に、生活保護受給者や生活習慣病患者などが謂れのない中傷を受けているのも事実だと思います。
 
 痛風や糖尿病を「贅沢病」と呼称するところにもその一端が垣間見えますね。
 
 そして、そんな差別と非常に親和性の高い、「自己責任論」が今の世の中には跋扈しています。
 
 僅かな時間と僅かな理由さえあれば、「お前のせいだ」「回避できたはずなのに、お前はその努力を怠った」という自己責任論の大合唱が完成してしまうのです。
 
 しかし、病気や状態は本人の自助努力でどうにかなる(なった)ようなものではなく、そこには様々な社会的な格差、仕組みなど多くの影響を受けていることも明らかになってきています。
 
 本稿では、健康格差そのものや差別そのものについて論じるというより、健康格差があるにも関わらず主観に基づいた線引きで理不尽な差別が行われていることについて、そしてそれが人を不幸に繋げてしまう可能性について、エビデンスを交えて自分の考えをまとめてみたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 格差の本質は「選択肢の多寡」であると、個人的には感じています。
 
 例えば富裕層の人たちは美術館に行くでしょうし、オーケストラの鑑賞をしたりもするでしょう。
 
 そういったものに行く人たちは早死にのリスクが低いことが既に示されていたりします[1]。
 
 
 美術館に行ったから寿命が伸びた、というわけではなく(勿論ゼロではないかもしれないですが)、美術館に行けるような富裕層であることが長寿や健康を達成するのに寄与していると考えるのが妥当でしょう。
 
 アメリカの研究では「富裕層と貧困層では平均寿命の差が約10〜15年ある」と報告しているものもあります[2]。
 
 
 富裕層は選べます。美術家になることも、バイオリニストになることも。それらを鑑賞することも。そして、健康になることも。
 
 少なくとも選択肢には入れることが出来ます。
 
 勿論、中には富裕層でなくとも選べる人もいますが、あくまで一部であり、大多数の人はそうではないでしょう。
 
 貧困層の多くの人は「選ぶ、選ばない」以前に、「選択肢に入れられない」ことが往々にしてあります。
 
 選ぶ自由がない、知らない、まともに目にも映らない。
 
 
 おそらく、選択肢が少ないことは単に「知らない」ことと同義ではありません。
 
 この本質は「知らないこと」ではなく「知ってても選択肢に入れられないこと」だと思います。
 
 選択肢に入れないんじゃなくて、入れられない。
 
 知ってはいても、それを選択肢に入れるのは現実的ではないから選択肢に入れられない。
 
 選択肢に入れられないのは所得が少ないからだけではなく、所得以外にも知識や価値観などの影響も大きいのだと思います。
 
 
 
 
 
 
 健康格差はどうでしょうか。
 
 例えば、米は値段が安くお腹も満たされますが、その一方で野菜や魚などが豊富な健康的な食事を摂ろうと思うとけっこうお金がかかったりしますよね。
 
 そして、貧困層の人たちはこのような健康な食品へのアクセスが困難であることが報告されています[3]。
 
 ジムに行くことが選択肢に入らない[4]、低糖質食品・低脂質食品を購入することが選択肢に入らない、というのはよくある格差の1つでしょう。
 
 HPVワクチンもそうかもしれません。
 
 有効性・安全性ともに頑健なエビデンスがあるにも関わらず、十分な接種に至っていないのが現状です。
 
 2020年6月14日時点でGoogle Scholar・PubMedで検索する限り、まだ論文という形での報告は見当たらないものの、現場レベルでは「医師の子どもはよく接種している」という話やそれを示唆するような報告[5]もあります。
 
 そういった点でも、HPVワクチンの現状は情報格差、健康格差が顕著であるといえるのではないでしょうか。
 
 
 HPVワクチン接種率が100%に近い国であれば、HPVワクチンを接種せずにHPV関連疾患に罹患することを「個人の責任だ」と考える風潮がもしかしたら生じ得るかもしれません。
 
 しかし、接種率が0.6%[6]の今の日本でHPVワクチンを接種しない人のことを「きちんと情報収集できていない証拠だ!自己責任だ!」と考えるでしょうか。
 
 
「ちゃんと関連学会のウェブサイトを見れば分かる!」
「厚労省のウェブサイトを読めば必要性が分かる!」
「オープンアクセス誌にでもアクセスすれば分かる!」
 
 と追い詰めるのでしょうか。
 
 そもそも文献データベースを使おうという発想が生まれる人すら稀有なのではないでしょうか。アクセスできたとして、そもそも吟味する能力を持つのでしょうか。そこまで求めるのは妥当なのでしょうか。
 
 
 「自分で決めたことなんだから自業自得だ。自分で責任を取れ」というのはよくあるロジックですが、そもそもHPVワクチンを「接種しない」という選択をした人たちは本当に主体的な決断であると言えるのかというと、どうもそうではないようにも感じます。
 
 「ブラック企業で働いている人は自分で選んだ企業だから自己責任」というのもやや暴論ですよね。
 
 企業に不満があったとして、それでも働き続けるしか無いような状況もあるはずです。 
 
 そこでは確かに働くことを「自己決定」していますが、それは真に主体的で自発的な自己決定であると言えるか、というと微妙でしょう。 
 
 ACP(人生会議)において、 「〇〇という選択肢と☓☓という選択肢があります。どうしますか?」と問いかけられた際、患者・家族側は真に能動的な意思決定をしていると言えるのか、という話も同様だと思います。
 
 患者・家族が「選択」している事実だけを見れば能動的で自発的な決定のように思えるかもしれませんが、実際は「どうするんだ?どっちを選ぶんだ?」と尋問された結果の受動的な、選ばざるを得ないが故の「選択」なのかもしれませんよね。 
 
 そう考えると、真に自発的で主体的な意思決定なんてものが幻想なのかもしれませんし、究極的には自分で決定したことであっても自分がすべての責任を負わなければならないような状況は間違っているのかもしれません。
 
 こんな風に、一見妥当性があるように思える「自己責任論」そのものも不確かなものであると、個人的には感じています。
 
 話を戻すと、HPVワクチンを接種出来ていない人たちに対しては、どちらかといえば被害者として捉えることが多いように思います。
 
 国のせい、マスコミのせい、社会のせいだと考えることが多いでしょう。
 
 
 しかし、本質的にはこれと同じことが肥満や糖尿病などでは起こっているように感じます。
 
 「肥満なんて体に悪い!」「病気になる!」「自己管理が出来てない!」と糾弾されていることが多いのではないでしょうか。
※実際に海外でも大きな問題になっているようです[7]
 
 しかし、これだって社会が、仕組みがそうさせている側面も大きいのです。
 
 実際に貧困と肥満の関連性を指摘する報告[8]もあります。
 
 なのにも関わらず、肥満や糖尿病などの生活習慣病にはスティグマが付与されています。
 
 「自己責任」という4文字が差別を正当化する贖宥状になっています。
 
 つまり糖尿病とHPVで線が引かれているのです。
 
 
 【参考文献】
 
 [1]Fancourt D, Steptoe A. The art of life and death: 14 year follow-up analyses of associations between arts engagement and mortality in the English Longitudinal Study of Ageing. BMJ. 2019;367:l6377.[PMID:31852659]
 
[2]Chetty R, Stepner M, Abraham S, et al. The Association Between Income and Life Expectancy in the United States, 2001-2014 [published correction appears in JAMA. 2017 Jan 3;317(1):90]. JAMA. 2016;315(16):1750-1766.[PMID:27063997]
 
[3]Baker EA, Schootman M, Barnidge E, Kelly C. The role of race and poverty in access to foods that enable individuals to adhere to dietary guidelines. Prev Chronic Dis. 2006;3(3):A76. [PMID:16776877]
 
[4]Kari JT, Pehkonen J, Hirvensalo M, et al. Income and Physical Activity among Adults: Evidence from Self-Reported and Pedometer-Based Physical Activity Measurements. PLoS One. 2015;10(8):e0135651.[PMID:26317865]
 
[5]Sawada M, Ueda Y, Yagi A, et al. HPV vaccination in Japan: results of a 3-year follow-up survey of obstetricians and gynecologists regarding their opinions toward the vaccine. Int J Clin Oncol. 2018;23(1):121-125.[PMID:28986659]
 
[6]Hanley SJ, Yoshioka E, Ito Y, Kishi R. HPV vaccination crisis in Japan [published correction appears in Lancet. 2015 Jul 18;386(9990):248]. Lancet. 2015;385(9987):2571.[PMID:26122153]
 
[7]Puhl RM, Heuer CA. Obesity stigma: important considerations for public health. Am J Public Health. 2010;100(6):1019-1028.[PMID:20075322]
 
[8]Levine JA. Poverty and obesity in the U.S. Diabetes. 2011;60(11):2667-2668.[PMID:22025771]
 
 
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