地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2021年01月号 vol.7(1)

看護職のEBP(エビデンスに基づいた実践)研究のイマ

2020年12月25日 00:58 by kangosyoku_no_ebm
2020年12月25日 00:58 by kangosyoku_no_ebm
 
 エビデンスに基づいた医療(EBM:Evidence Based Medicine)、エビデンスに基づいた実践(EBP:Evidence Based Practice)は現代の医学においては無くてはならないものになっているように思います。
 
 実際に、EBPにより患者アウトカムが改善するという報告もあります[1]〜[2]。
 
 また、コロナ禍の今、「あの薬は効果がある」「この消毒薬は効果がない」「有効なワクチンが出来そう」「ワクチンの研究で有害事象が報告された」など様々な情報が錯綜していますが、そんな状況において自分で一次情報にアクセスして、吟味できるというのは非常に貴重な能力でしょう。
 
 同様に、医師や上司、認定看護師、専門看護師、先輩が言ってることを鵜呑みにするのではなく、自分自身でエビデンスを吟味して臨床実践に繋げられる看護職は貴重な人材だと思います。
 
 しかし、少なくとも看護の現場では十分にEBPが達成できているとは言えない現状、十分な理解が進んでいない現状が報告されています[3]〜[5]。
 
 私自身、以前も地域医療ジャーナルで記事を書きました[6]。
 
 どうすれば看護職のEBPの実現に近付くことが出来るのでしょうか。
 
 今回は、看護職におけるEBP研究のトップランナーであるメルニク氏のここ数年の論文に焦点を絞って考えてみたいと思います。
 
 
 
 EBPというやり方はそれまでの伝統的で、経験主義的な医療に比べると画期的な方法論です。
 
 新薬の開発などは分かりやすいイノベーションですが、EBPという方法論の確立そのものもイノベーションだったと言えるでしょう。
 
 ただ、その他の多くのイノベーションでも実装されるまで時間がかかるのと同じように、EBPというイノベーションも浸透まで様々なハードルがあるように思います。
 
 実際にエビデンスが発表されてから臨床実践で使われるようになるまで平均17年かかるという報告[7]もあります。
 
 では、EBPの他に医療の現場におけるイノベーションとは具体的にはどういったものがあるでしょうか。
 
 例えば麻酔技術の確立ゼンメルワイスの手洗いの重要性の発見[8]などが挙げられると思います。
 
 麻酔技術が確立されていない頃は手術前に患者にアルコールを飲ませたりアヘンを飲ませたりしていましたが、紆余曲折を経て麻酔技術が確立されたことでより安全で苦痛の少ない方法で手術が受けられるようになりました。まともな麻酔無しで手術を受けるなんて想像を絶する恐ろしさなのでこの恩恵は非常に大きいでしょう。
 
 また、ゼンメルワイスはその当時、産科病棟の責任者として働いていたのですが、その時に、助産師が分娩介助を担当した産婦より医師が担当した産婦の方が死亡率が高いことに気付き、その理由を「医師は分娩介助の前に検死を行っていることと関係している」と見抜きました。
 
 これも革新的な発見であると言えると思います。
 
 なんと言ってもこれは1847年の話で、当時はまだ細菌さえ発見されておらず、瘴気(悪い空気)が熱病を引き起こしているという考えが一般的だったのです。
 
 ちなみに余談ですがナイチンゲールが著書で換気について繰り返しその重要性を述べていたのも、ナイチンゲール自身が瘴気説を信じていたことに由来しているといいます。
 
 このように、ゼンメルワイスの慧眼により手洗いの重要性が認知されるようになりました。
 
 しかし現在、手洗いは十分に行えているでしょうか?
 
 日本の大学病院・市中病院における手指衛生の遵守率について3545人を対象に調査した調査によると、適切な手指衛生が実践できていたのはわずか19%(医師:15%,看護師:23%)であったと報告されています[9]。
 
 勿論、これには様々な要因があるので、単純な話ではありませんが、発見がどれだけ革新的であったとしても、十分に社会で実践されるものもあれば、なかなか実践されないものもあるということは言えるでしょう。
 
 イノベーションそのものの意義の重大さも大切ですが、それが広く行われるようにするには普及の方法など様々な点で工夫が必要であると言えます。
 
 EBPも同様だと思います。

 
 さて、早速メルニク氏の最近の論文を時系列順に取り上げていこうと思います。
 
 メルニク氏はオハイオ州立大学看護学部学部長を務めており、看護職におけるEBPに関する論文を発表しています[10]。
 
 では早速読んでいきましょう。
 
 
【参考文献】
 
[1]Crit Care Nurs Q. 2008 Apr-Jun;31(2):161-72.[PMID:18360146]
 
[2]Health Aff (Millwood). 2006 Jul-Aug;25(4):969-78.[PMID:16835176]
 
[3]Worldviews Evid Based Nurs. 2013 May;10(2):116-26.[PMID:22765261]
 
[4]J Adv Nurs. 2005 Nov;52(4):432-44.[PMID:16268847]
 
[5]Am J Nurs. 2005 Sep;105(9):40-51; quiz 52.[PMID:16138038]
 
 
[7]Yearb Med Inform. 2000;(1):65-70.[PMID:27699347]
 
[8]M Best, D Neuhauser. Ignaz Semmelweis and the birth of infection control. Qual Saf Health Care 2004;13:233–234.
 
[9]J Patient Saf. 2016 Mar;12(1):11-7. [PMID:24717527]
 
[10] THE OHIO STATE UNIVERSITY - Bernadette Melnyk (2020年11月3日にアクセス)
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