地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2018年01月号 vol.4(1)

Medical Assistance in Dyingという「すべり坂」:世界の安楽死と医師幇助自殺の潮流

2017年12月28日 09:00 by spitzibara
2017年12月28日 09:00 by spitzibara

  先日、重症児者領域の福祉関係者とお話している際に、話がちょっと「安楽死」に触れました。その瞬間、相手の方が身を乗り出し、にわかに食らいついてこられたのが分かりました。

「spitzibaraさんは、どっちです?」

 意味が分かりませんでした。きょとんとしていると、

「私、安楽死は、賛成派なんです!」

 有名な脚本家の素朴で率直な発言を機に「安楽死」がホットな話題となり、身近でもこんな場面を経験するようになってきました。が、こんな時、私はどうしても絶句してしまいます。「賛成派か反対派か」という切り口で語れる性格の問題ではないからです。

 ただ、それを言おうとすると、あまりにも多くを説明しなければなりません。こうした場面は日常的な軽微な会話の中でふいに登場しますし、相手がどこまで本気の関心をもっているのか、どれほどの知識をもった上で言っているのかを図りかねて、どう応じればいいか分からなくなるのです。

 まず、その脚本家の方を含めて日本ではほとんどの方が「(積極的)安楽死」と「医師幇助自殺」と、日本でいう「尊厳死(消極的安楽死)」の区別すらついておられません。

 脚本家は「スイスへ行って安楽死で死にたい」と言われますが、スイスで合法とみなされて行われているのは医師幇助自殺のみです。「年をとって身体が弱り、生きがいもなくなって、人様に迷惑をかけたくないから」という理由での「安楽死」を認める法律をもつ国は、まだどこにも存在しません。オランダが唯一、75歳以上の健康な高齢者にも安楽死を認める方向で議会が法改正を検討しているのみです。

 こんなふうに、自己決定に基づいた消極的安楽死の法制化が議論されている段階の日本で、十分な知識を持たないまま多くの人々が「安楽死、是か非か」を世間話のように語り合い、「自分の死に方は自分で決めさせろ」と広がっていく声の中に「認知症になったら安楽死したい」「寝たきりになったら安楽死を認めてほしい」「口から食べられなくなったら安楽死を」という主張まで混じって世論を形成していくとしたら、それはとても怖いことのように私は感じています。

「欧米では『死の自己決定権』が認められて、自分の死に方は自分で決めることができる。だから日本でも」と言われる方は、その「欧米」の「死の自己決定権」の周辺で何が起こっているか、その実態をどこまでご存知なのでしょうか。

 私がアシュリー事件と出会ったのを機に世界の医療倫理、生命倫理の問題を追いかけ始めた2007年、積極的安楽死(以後、安楽死)と医師による自殺幇助(以後、PAS:Physician-Assisted Suicide)のいずれかあるいは両方が合法となっていた、あるいは合法とみなされていたのは、オランダ、ベルギー、米国オレゴン州とスイスの4箇所だけでした。

 その後、2008年から2009年にかけて米ワシントン州、ルクセンブルク、米モンタナ州で相次いで合法化が決まった(モンタナ州は最高裁判断)のを皮切りに、合法化する国あるいは米国の州が増えていき、2017年10月段階の状況は以下でした。


積極的安楽死と医師による自殺幇助の両方が合法

オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、カナダ

医師による自殺幇助のみが合法

スイス、米国オレゴン州、ワシントン州、 モンタナ州、バーモント州、コロラド州、カリフォルニア州、ワシントンDC


 赤字が2016年に合法化されたところです。昨年はいくつもの意味で大きな節目の年となりました。1年のうちに4箇所もの地域で合法化された、という意味でも節目だったと言えるのですが、私が今後の世界の安楽死や自殺幇助の潮流において大きな意味をもつ節目と考えるのは、カナダの合法化です。

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