先日、アセナピン(シクレスト®)という抗精神病薬が承認され、いよいよ販売開始となりました。
抗精神病薬というのは、幻覚妄想などの精神病症状を治療するための薬で、主に統合失調症のような幻覚妄想状態を呈する病気に使われる薬ですが、静穏・鎮静作用が強力なので、「精神安定剤」みたいな言われ方でイライラや不安や頑固な不眠などを和らげるのに使われることも結構あります。その他、双極性障害でも治療の主役となる薬ですし、比較的少量でコントロールしながらうつ病や不安障害、自閉スペクトラム症、認知症にも使われることがあるので、メンタルヘルス領域では非常に広範に使われるカテゴリーの薬になります。(とはいえ、アセナピンはひとまず「統合失調症」のみ保険適用なのでそんなに使われることはないでしょうが)
そのような抗精神病薬で、国内に新薬が登場したのは何だか久しぶりだなぁ、という感想を私は持っています。
最近登場した抗精神病薬といえば、以前に内服薬で登場した薬の持効性注射剤(2週間とか4週間に一度の注射で薬効が保たれるもの)とか、そういえばまあパリペリドン(インヴェガ®)なんてのが出てきましたけど、あれはリスペリドンの焼き直しみたいな薬なので真新しさはありませんでしたね。クロザピン(クロザリル®)は治療抵抗性統合失調症の治療に少し光明をもたらしましたが、処方の規制と管理が大変で極めて限定的な使い方になっており、もはや別格といえます。
そう考えるとアセナピンは、実質的には2008年のブロナンセリン(ロナセン®)以来の久しぶりに登場した新薬なんじゃないかと思っています。
そうなると必然的に新薬に対する期待も高まるものです。特に統合失調症の治療ということになると、抗精神病薬により発症後急性期の症状は比較的落ち着くものですが、長期的な予後、特に再燃を防いで社会に復帰できるかどうかはあまり楽観視できません。
統合失調症患者の予後についての研究は、言葉の定義の違いから諸説あるようですが、寛解(少なくとも半年症状が消失)に至るのはおよそ40〜60%とされています1)。しかし、統合失調症では認知や作業能力のような社会的機能の障害が現れることから、単に病的な症状がなくなっただけでは社会復帰には至りません。すなわち社会的機能の回復までを含めて「回復」と定義して評価すると、統合失調症からの回復率は平均16.4%という、なかなか厳しい報告があります2)。
そういった背景がありますので、現在の治療薬の有効性に不満や無力感を抱えている当事者、家族、医療者は多く、新薬への期待は常に高いものがあります。では、アセナピンの実力はどのようなものか、ここではエビデンスをもとにして評価してみましょう。
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