地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2018年02月号 vol.4(2)

ケアラー支援への思い「私が私でなくなった日」 1

2018年01月26日 00:22 by spitzibara

 告知記事でお知らせしたように2月17日にケアラー支援講演会を開くことになり、ここしばらくspitzibaraは準備に右往左往てんやわんやしております。なにしろ講演会を開催する体験なんぞ、娘のいる施設の家族会で何度かあるだけで、こんなふうに公共の施設の大きな会議室を借り、一般に広く広報してのイベントの企画だの準備だの、生まれて初めてのことなのです。分からないことだらけ、不安だらけなのですが、ケアラー連盟の諸先輩や広島ですでに介護者支援に携わっておられる先達の方々を始め、友人知人のみなさんから温かいサポートをいただいて、少しずつ準備を進めております。

 その準備作業の中で、ひょっこり5年も前の記録が出てきました。北海道夕張郡栗山町でのシンポの記録です。

 栗山町は、もともと「福祉の町」として名を馳せた自治体ですが、ケアラー連盟が2010年に全国5箇所でケアラー実態調査を行った際に、栗山町社会福祉協議会はケアラーがいる家庭をすべて訪問し、全戸調査を行いました。そしてケアラーの置かれている状況の厳しさを知って、主婦ボランティアによる訪問相談「宅配サポーター」制度、町内の協力的な商店や介護サービスや行政窓口情報をまとめた「宅配電話帳」、コミュニティ・カフェの開設と、次々に支援の取り組みを展開。日本で初めての「ケアラー手帳」も作成しました。

 その「ケアラー手帳」の作成検討委員会に連なったのが、日本ケアラー連盟理事としての私の初仕事でした。ひょっこり出てきた記録を見ていたら、2回の会議に出席し、会議で唯一の当事者として一生懸命に発言したことを、懐かしく思い出します。

 そして、ケアラー手帳が完成した2012年3月、手帳のお披露目として栗山町社会福祉協議会により「やさしい心でつなぐ地域支え合いシンポ~だれもがハッピーに暮らせるまちを考える」が開催されました。第1部のシンポ「少子・高齢化の中で、いま地域に求められるものは」では、栗山町とケアラー連盟の関係者が地域づくりの課題を議論。第2部では「私が私でなくなった日」と題して、ケアラーの一人としてケアラー手帳に託したかった思いや願いについて、spitzibaraがお話しさせていただきました。 今回、広島でのケアラー支援講演会をどうしても開きたかった背景にあるのは、まさに5年前に栗山町でお話した、当事者としての体験と思いです。

 そこで、その時にお話させていただいた内容をご紹介したいと思います。

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