地域医療ジャーナル ISSN 2434-2874

地域医療ジャーナル

2021年10月号 vol.7(10)

臨床における意思決定と慣性の法則-第2回:臨床的惰性の実態

2021年09月27日 10:58 by syuichiao

 前回の記事でご紹介したように臨床的惰性(Clinical Inertia)とは、医師が必要に応じて治療を開始、または強化できないことを意味する概念でした。臨床的惰性は、とりわけ糖尿病治療の文脈で強調されてきた背景があります。患者の血糖(あるいはHbA1c)値が、診療ガイドライン等で推奨されている値まで下げられないことは、患者の治療アドヒアランスだけでなく、臨床的惰性に起因していると考えられてきたためです。

 2019年における糖尿病の有病者は、世界全体で4億6300万人(有病割合9.3%)と見積もられており、2030年までに5億7800万人(同10.2%)、2045年まで7億人(同10.9%)に達すると推定されています【1】。糖尿病は、単に血糖値が上昇するだけでなく、腎臓病、神経障害、網膜症、心臓病などの合併症リスクを高めます。糖尿病の罹患率や有病者の世界的な増加は、関連する合併症の増加を意味しており、公衆衛生においては軽視できない問題と言えるでしょう。健康的な負担はもちろん、社会・経済的負担の大きい慢性的疾患と言えます。

  糖尿病治療の基本的な考え方は、上昇している血糖値を何らかの方法(例えば生活習慣の改善や薬)によって、平均的な値まで下げることです。実際、糖尿病患者に対する適切な血糖コントロールによって、合併症リスクの低下を報告した研究は少なくありません。2型糖尿病患者を対象とした UKPDS 研究【2】は、その代表的なエビデンスの一つであり、糖尿病の発症早期から血糖値を厳格にコントロールすることで、心臓病や死亡リスクの低下が認められました。

  一方で罹病期間の長い糖尿病患者に対する厳格な血糖コントロール治療の予後改善については賛否あり、このような患者に対する血糖管理は慎重な議論が必要でしょう【3】。ただ、臨床的惰性に関する文献の多くは、将来的な合併症リスクという視点ではなく、目先のコントロール指標(血糖や血圧、コレステロールの値等の代用のアウトカム)の改善という文脈の中で、この概念を論じています。そのため、この記事でも治療管理の厳格性と長期的な予後の関連については棚上げしたうえで、薬物治療における臨床的惰性がどのような仕方で存在するのか、その実態を紐解いていきたいと思います。

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